究極のウェアラブルディスプレイ

究極のインタフェース探求、今回はウェアラブルディスプレイ編。前回を読んでいない人は、1月3日付エントリー究極の入力インタフェースを先にどうぞ。

ドラゴンボールに出てくるスカウターのようなHMD(Head Mounted Display)は光学シースルー型ディスプレイといわれ、ハーフミラーに透けて見える実世界の上にアノテーションなどの情報が重畳されて表示される。仕組みが比較的シンプルで軽量化しやすいという利点があるものの、実世界が透けて見えるので、外界が明るいとコンピュータビジョンの視認性が著しく落ちるという問題点がある。また本質的にコンピュータビジョンで実世界のオブジェクトを覆う隠蔽処理が行えない。どうしても後ろ側の実物体が透けて見えるのだ。

一方、HMDにはもう一タイプ、ビデオシースルー型ディスプレイというものがあり、これはカメラで撮影したビデオ画像に、人工的な情報を重畳させた後、ユーザの眼前に投影するものであり、ユーザは加工されたビデオ画像だけを見る。仮にHMDの電源が切れると目の前が何も見えなくなるという危険性があるが、すべてコンピュータで加工可能という大きな利点(隠蔽処理も無問題)があり、ビデオシースルー型のほうがより好ましいとする意見も多い(これらの分類はRonald T. Azuma, A Survey of Augmented Reality, Teleoperators and Virtual Environments 6, 4 (August 1997), pp.355-385.参照)。

さらに網膜走査型ディスプレイ(RSD: Retinal Scanning Display)が複数の会社で試作されている。もっとも有名なものはMicrovisionで開発されているものだが、現在は公式HP上に関連の情報は載っていないようだ。

詳細はVirtual Retinal Display (VRD) Technology(本文中の図はここより引用)に詳しいが、かいつまんで特徴を挙げると次のようになる。

網膜走査型ディスプレイは、低出力の半導体レーザーを用いて網膜に直接映像を投射する表示部の存在しないディスプレイであり、1991年にワシントン大学で開発された。元画像はRGB三色に分光され、小型スキャナを通して網膜上に直接描画される。


Virtual Retinal Display (VRD) Technologyより引用

表示部が存在しないため、解像度・輝度・コントラスト・表示色とも従来のディスプレイを凌駕する性能が実現できる。たとえば解像度は光の回折と収差にのみ依存し、レーザー光源の小ささに依存しない。たとえば豆粒のような発光素子でUXGA以上の解像度を実現できる。また網膜に直接投射するRSDは原理上コントラストをどんなディスプレイよりも高く出来る。

従来のシースルー型ディスプレイでは、屋外などの明るい環境下における視認性が低下するという問題があったが、RSDではどんなに明るい環境下であっても常にクリアに視認可能なコンピュータビジョンを描写できる。RSDではRGBの純色のレーザー光をそのまま利用するので、きわめて広範囲の色を劣化無く描写することが出来る。原理上、RSDよりも色再現性の優れたディスプレイは存在しない。

光源から出た光は直接網膜に投射されるのでロスがほとんど無く、レーザーの出力を低く抑え、消費電力を小さくすることが出来る。実際、RSDに用いられるレーザーの出力は300nWと、米国ANSI安全基準の10万分の1以下であり、人体に与える影響はほぼ無いと言える。

RSDの出力は網膜の任意の位置に描写することが可能であるため、全面をコンピュータビジョンで覆うことも、視界の端に描写することも可能である。通常の視覚と異なるのは、それがどこに描写されていようとも、常にピントが合っているという点だ。

RSDを用いれば、明るくクリアな映像が網膜に投影されるため、極度の弱視の人でも普通に本を読んだり、テレビを見たりすることが可能になると言う。また、網膜の一部に損傷がある場合にも、正常な部位に結像させることにより、しばらくすれば脳が学習して視野全体に見えるようになると言う(逆さメガネ実験と同じ)。RSDはめがねの有無、水晶体調節、遠視、禁止、乱視、老眼によらずクリアな画像を提示可能という素晴らしい特性を有する。

一方、慶應大学稲見先生によれば、RSDの欠点としては次の点が挙げられる。まず、RSDでは光路中の障害物がすべて結像するので、たとえばまつげがそのまま見える。目の中のゴミがあればそれも見えてしまう。RSDの特性はきわめてシビアであり、その障害をなくすために光の収束率を弱めたり、振動を入れたりすることもできるが、その対応はくっきり見えると言うRSDの利点を殺すことにもなる。また瞳孔、眼球運動によるケラレの発生も問題で、残念ながら完全無欠のディスプレイというわけではないようだ。

別の観点からみれば、RSDは豆粒大の発光素子さえあれば実現できるので、きわめて軽量に作ることが出来る。たとえば携帯電話にRSDの照射孔が付いていてそれを覗き込むことで利用するスタイル()が一般的になるかもしれない。ワンセグなんかもRSDで見ることが出来れば、他人に覗き込まれることもないし、バッテリもおそらく長く持つ。携帯電話もずっと小さく、軽く出来るだろう。


Virtual Retinal Display (VRD) Technologyより引用

MicrovisionではVRDを用いた車載型のHUDの商品化を検討しているようだ。VRDの特性により、フロントガラスに重畳表示されるインジケータは外光の状況に関わらず極めてクリアに視認可能だ。1日も早く、実用化されることを期待したい。