ニコニコ動画の傾向と対策

ニコニコ動画停止中


過去2回にわたり取り上げてきたニコニコ動画だが、最近は初期の頃の単純な利用法とは異なった利用法が出現してきたので、この機会にまとめておきたい。それにしても開始後わすかの期間で、応用とも言える利用法が出現するニコニコ動画のアクティビティには驚かされるばかりだ。以前のエントリを読んでない人は、まず以下で復習を。

現在のニコニコ動画の利用方法は大きく分けて次の3つに分類されると考えられる。単純ツッコミ型昔語り型お約束型の3つである。それぞれ典型例とともに概要を示し、どのようなコンテンツが適しているかについて考察したい。ただし、筆者はニコニコ動画を見尽くしているわけではないので、これらの分類に含まれないコンテンツもあると考えられる。そうしたものが発見されたときには、また分類を見直していきたい。

単純ツッコミ型

最も基本的なニコニコ動画の利用法と考えられるのが単純ツッコミ型である。コンテンツに対してひたすらみんなでツッコミを入れまくるというのが基本的な使い方となる。つっこめないコンテンツは間が持たないので、コンテンツの最初から最後までつっこみどころ満載なコンテンツが望ましい。また、誰が見ても一目瞭然で説明の不要な短時間のコンテンツがツッコミ対象にふさわしいのは言うまでもないだろう。漫才は短時間で見てすぐわかる必要があるものだ。コメントはツッコミで終始するので、誰が入力しても同じようなものになり、個々のコメントに価値はない場合が多い。場を共有する一体感を醸成することが目的であり、つい、モニタに向かって一人でつっこんでしまうような出来事に対し、みんなでつっこむというのが基本だ。

ひろゆきは「面白くないものが面白くなる」のがニコニコ動画の特長だと述べているが、特に上記のソニック動画なんて、一人では絶対に見ることがない。それがツッコミが入ることで見られるレベルまで引き上げられているのはニコニコ動画の利点がよく現れた好例であると言える。

昔語り型

昔語り型は上記の単純ツッコミ型とは異なりユーザを選ぶ。上記の動画はドラクエ3をやったことがあるユーザにしか面白くないはずだ。昔語り型は、ゲームやアニメ、映画などある年代、グループにとって定番ともいえるコンテンツに対して、みんなで感想を語り合う利用方法である。定番コンテンツであればよく必ずしも古いモノである必要はない。現在人気のテレビ番組でもかまわないが、やはり誰もが一言語りたくなるモノは典型的には昔のモノという場合が多く、昔語り型と名付けてみた。コンテンツはそのグループにとっては説明不要なモノであり、少々長いコンテンツであっても、少々だれる部分があっても許される。その間は昔を懐かしむことで持たせることができるのだ。

上記のコンテンツにコメントを付加しているユーザはみんなドラクエ3をやったことがあるに違いない。ボス戦において必要不可欠とも言えるあるアイテムを持っていないことに気づいたときにはツッコミの嵐となったが、それ以外はツッコミというよりは自分の経験を語る昔語りがメインであるように思う。自分と同じ経験を持つ人と、思い出や感想、体験を分かち合うことが目的であり、こう思うよな?とみんなで確認しあうのが基本である。

単純ツッコミ型と異なり、誰もが面白さを理解できるわけではないので、コンテンツとユーザをマッチングさせるための仕組みがあることが望ましい。コンテンツに対するメタ情報の付加や、blogにおけるまとめなどが有用になるタイプである。趣味などの共通属性を有するコミュニティにおいて発展する利用方法であり、特定の属性を有するファンサイトなどにおける利用が考えられる。

お約束型

なつみかん。 | ニコニコ動画で見る「ボブの絵画教室」が面白すぎるで紹介されていた、上記の3つのコンテンツはお約束型に分類される。最後のお約束型は上記とは少し異なった応用である。ボブの絵画教室は90年代にNHKで放映された絵画番組で、アフロ頭のボブ・ロスが番組の30分の間に絵画を完成させてしまう超絶技と華麗なトークによって多くのファンを魅了した。下書きもせずに白いキャンパスにいきなり描いていくので知らない人が見たらびっくりすること請け合いである。まもなくボブ・ロス THE JOY OF PAINTING1DVD-BOXが発売されるそうなので興味のある人は購入を検討してみるのも良いだろう。

上記の3つの動画でも最初の方は「子供の落書きレベルだなwww」とか「そりゃないぜ〜ボブ」と、ボブの作業を小馬鹿にするようなコメントがついているが、適当にしか見えなかった絵が、空や山や湖などのカタチを取り始めると「すげえええええ」「ボブになら抱かれてもいい」等の絶賛に変わる。で、またボブがその上に大胆に絵の具を置いていくと「ちょっっ台無し」等また馬鹿にするコメントに戻り、それがボブの2インチ筆により生命を与えられていくとまた絶賛に変わる。以下最後までこの流れを繰り返す。もちろん、みんなわかった上でコメントしているのである。みんなツンデレなんだから

お約束型は、明示的・暗黙的に形成されるお約束に従ってみんなでコメントを付加していき、オリジナルの動画にコメントを加えた新たなコンテンツを作り出す活動である。より明示的お約束の例としては、最近のニコニコ動画ランキングを席巻している空耳歌詞系などもあげられるだろう。何となくそう聞こえるような面白い歌詞を入れることが一つのルールとなっており、ユーザがこぞって入力する様は、コンテンツ作成の共同作業とも言える。お約束という作品作りの方向性の形成が重要になる。もともと一定のクオリティを有しているコンテンツが、コメントの付加機能により、別の方向性を有したコンテンツに変わる様はなかなか興味深い。

ニコニコ動画の基本はツッコミや昔語りなど、基本的に誰が入れても同じようになるコメントが主体となるため、すべてのコメントは等価であり、場の雰囲気を形成する一要素でしかない。ある一つのコメントが他のコメントに置き換わったところで、コンテンツ全体として差は無いのだ。すべてのコメントは使い捨てられ置換可能である。

しかし、お約束型の約束がきついものになればなるほど、お約束をよく満たした一部のコメントの価値が相対的に高くなりそれを保護したいというニーズが生まれる。現在のニコニコ動画はそうしたニーズを満たすようなシステムにはなっていないため、お約束型はなかなか成立しにくい。最もきついお約束を有すると考えられる空耳歌詞系のコンテンツは、優れた歌詞を残す必要があるため、2ちゃんねるに歌詞保管場所が作られるなど、ニコニコ動画が有していない機能を補完する動きが見られる。そういった場所を参照し、お約束を崩さないようにすることもまたお約束の一つなのだ。

まとめ

以上にあげるように、ニコニコ動画は短時間で様々な利用法が出現してきており、これからもより多くの利用法が編み出されていくと考えられる。新たなコミュニケーション手段を提供したという点で、ニコニコ動画の果たした功績は大きく、ひろゆきの先見の明には恐れ入る。ニコニコ動画のコメント付加機能には、有意なコメントを選別するような枠組みが用意されていないが、単純ツッコミ型、昔語り型にはそもそもそうした機能は不要であるし、お約束型はお約束によってその機能を代行しようとしている。そう考えると、用意されたインタフェースは上記のようなコミュニケーションには適していると言える。これからもニコニコ動画が生み出し続けるであろう、新しいコミュニケーションの可能性に大いに期待したい。今日はDDoS攻撃で落ちているみたいだけど。

付記

βサービス終了、γサービス移行に伴い、記事中のニコニコ動画へのリンクを修正(2007/04/14)