空自次期戦闘機(F-X)の比較検討
2007年02月18日付エントリー空自次期戦闘機にF-22選定は困難かにて航空自衛隊の次期戦闘機(F-X)選定作業について簡単に触れたが、日本航空宇宙工業会による航空自衛隊F-Xと世界の戦闘機産業に基づいて、航空自衛隊の要求仕様と現在の候補機の特長をざっとまとめておきたい。なお、まとめにあたり、Wikipediaのそれぞれの項目の記述を参考にしている。
航空自衛隊は2009年までの中期防衛力整備期間内にF-4の後継機を選定の上、7機を導入する予定である(計50〜60機程度)。F-Xは2009年までに導入する必要があるため、国内開発は間に合わない。また米英を中心に開発が進められているF-35も試験飛行が始まったばかりであり、これもまた間に合わない。そもそもF-35の共同開発に参画していない日本が導入を希望したところで、購入が可能になるのはプログラム加盟国による大量の発注がはけてからだ。韓国は2014年頃にF-35を導入する計画のようだが、非プログラム加盟国の購入可能時期は早くても2010年代半ば以降になるだろう。将来予定されているF-15pre-MSIP機の更新時期には候補となりうるが、F-4の代替には時期的に合わない。
結局、F-Xの候補となるのは次の通りだ。
ボーイング F-15E ストライクイーグル
F-15Eは現在の空自の主力戦闘機であるF-15をマルチロールファイター化した機体である。F-15は元々単座型であったところを、複座型として強力な対地攻撃能力が付与されている。最近、韓国(F-15K)とシンガポール(F-15SG)に相次いで導入されているが、エンジンやレーダーが最新型に換装されており、本国のF-15Eよりも高性能になっている。
ボーイング社はF-15Eを高機動化させて空対空能力を増強した日本向け改修型F-15FXを提案している。F-15EはF-15譲りの空対空能力に加えて、11tを超える機外搭載能力を有しており、空対地ミサイル、無誘導爆弾、誘導爆弾、デイジーカッター、クラスター爆弾等、多種多様、大量の兵器の運用能力を有している。さらにF-15KにはAGM-84ハープーン対艦ミサイルの運用能力を付与されており、これら多様な兵器システムの統合化、F-15SGで採用されたAN/AGP-63(V)3の搭載によって、F-15FXは航空自衛隊の想定するあらゆる航空作戦任務に投入できる機体となることが期待される。ライセンス生産が可能である上、長年F-15を運用してきた日本には、生産・整備・運用におけるノウハウの蓄積がある事も有利だ。
一方、問題点としては機体設計の古さがあげられる。ステルス性に関する考慮は全くなされておらず、空対空能力で言えば現在航空自衛隊が運用しているF-15J/DJとそれほど大きな差がない可能性がある。また、日本を仮想敵国とする韓国がF-15Kを運用するのに対し、果たして同じ機体で対抗できるのかという問題もある。
ボーイング F/A-18E/F スーパー・ホーネット
F/A-18E/FはF/A-18C/Dを改良・大型化した機体だが、再設計に伴い両者の共通部品の割合は1割にとどまっており、別の機体と見た方がよい。胴体の延伸により翼面積が大きく拡大、運動性の向上と航続距離の延長が図られている。同時にAN/AGP-79の搭載を含むアビオニクスの一新、エンジンの改装も行われており、新世代戦闘機へと生まれ変わっている。8tの機外搭載能力に加え、レーダー断面積の低減によるステルス性能となかなか魅力的な機体であることは確かだ。
問題はF/A-18E/Fが海軍機であることだ。海軍機は空母での運用を想定して設計されているため、強力な降着装置や主翼の折り畳み機構を有しているが、陸上発進機には不要であるばかりでなく、機体重量を重くしているというデメリットがある。これは航続距離の短さにも表れており、日本の広大な防空識別圏(ADIZ: Air Defence Identification Zone)を防衛するには心許ない。また、他機種と比べて騒音が極めて大きいとされており、基地周辺の騒音問題が社会問題化している状況での導入が適切かという問題もある。
ロッキード・マーチン F-22 ラプター
F-22は高いステルス性とスーパークルーズ能力を併せ持った世界で唯一の第五世代戦闘機である。0.003〜0.005m2と言われるレーダー反射面積を活かし、最新型のレーダーAN/APG-77とデータリンク (IFDL : In Flight Data Link) に支援された、敵に探知されない遠距離からの先制発見/先制撃破(first look, first shot, first kill)の威力は絶大で、数多の模擬空戦で旧世代機に対して圧倒的なキルレシオを記録している。たとえば、昨夏アラスカで行われたF-22とF-15、F-16、F/A-18E/Fによる模擬空中戦訓練の結果は144対0、241対0とF-22の圧勝に終わっている。
ステルス機である以上兵器搭載量に制限がある(機外搭載も可能だがステルス性が損なわれる)のはやむを得ないが、航空自衛隊が開発した空対空ミサイルAAM-4やAAM-5が機内のウェポンベイに搭載できるかどうかは未知数である。少なくともソフトウェアの改修が必要であるし、さらにウェポンベイの改修が必要となれば、米国製のAIM-120CとAIM-9Xを搭載する方が現実的だろう。
F-22が他の候補機と比べて抜きん出た性能を有する機体であることは確かだ。第一の問題は、200億円を超えると言われる値段の高さである。米空軍でさえ1機あたり1億2000万から3000万ドルという高額の負担に耐えきれず、その調達数を大幅に削減している。ただ、たとえ値段が高くてもそれに見合うだけの能力を発揮できるのであれば、結果としてコストは小さくなると考えられる。F-22が2010年代以降において想定される様々な脅威に対応できるだけの能力をもっているのであれば、払えない額ではない。
第二の問題は、高度な軍事機密を満載したF-22は、米国議会の承認が下りないと日本がいくら買いたくても売ってもらえないということだ。2006年に米連邦議会に提案された日本・オーストラリア・イギリスに対するF-22の輸出解禁法案は、下院は通過したものの、上院で否定された。米国当局者は、不透明な朝鮮半島情勢を受けて日本側の要請が強まれば、再度対日輸出許可の要請を議会に求めるとしているが、米国議会の承認が得られるかどうかは予断を許さない。
第三の問題は、日本国内の技術力の蓄積面に関する問題である。これまで日本は戦闘機を国産化してきた。これは、国内の航空宇宙産業の発展と育成の面からも、戦闘機の維持・運用技術の蓄積という面からも極めて重要であった。F-Xにおいてもライセンス生産が期待されるが、50〜60機の導入数ではライセンス生産を行うとかえってコストが高くなる上、F-15FXやF/A-18E/Fならともかく、高度機密満載のF-22のライセンス生産が認められる可能性は低い。ライセンス生産が行えないと、国内航空宇宙産業の育成に貢献しないばかりか、部品の調達・技術情報制限により稼働率の低下が懸念される。
ヨーロッパ共同 ユーロファイター・タイフーン
タイフーンはイタリア・イギリス・スペイン・ドイツの4カ国によって開発された戦闘機で、特徴的なカナード翼付の無尾翼デルタである。7.5tの機外搭載能力とF-22と同様のスーパークルーズ能力を有している。イギリス防衛評価研究所(DERA)の試算によれば、改良型Su-27(Su-35相当)との性能比較においてタイフーンは4.5:1の割合で有利との研究結果が出ており(ラファールで1:1、F-15最新型だと1.5:1、F/A-22だと9:1)、タイフーンの能力の高さを示している。
戦闘機 | 対Su-35 | *1 |
---|---|---|
ロッキード・マーチン F-22 ラプター | 10.1:1 | *2 |
ユーロファイター・タイフーン | 4.5:1 | |
スホーイ Su-35 フランカー | 1.0:1 | |
ダッソー ラファールC | 1.0:1 | |
ボーイング F-15C イーグル | 0.8:1 | *3 |
ボーイング F/A-18+ | 0.4:1 | *4 |
ボーイング F/A-18C | 0.3:1 | |
ロッキード・マーチン F-16C | 0.3:1 |
比較検討まとめ
上記をふまえて、航空自衛隊の要求仕様との適合性を表に示すとだいたい次のようになるだろう。航空自衛隊の要求仕様を最も満足するのはF-22であり、F-22が本命であるのは間違いない。ユーロファイター・タイフーンもヨーロッパ製でさえなければ有力候補となり得るのだが、実際には当て馬という感が強く、F-22の調達が無理な場合はF-15FXの採用が決まる公算が大きい。
No. | 要求仕様 | F-15 | F-18 | F-22 | ユーロ |
---|---|---|---|---|---|
1. | 長い航続距離 | ○ | × | ○ | ○ |
2. | 高い速度性能 | ○ | × | ○ | ○ |
3. | 高度な空戦性能 | △ | △ | ◎ | ○ |
4. | 低被探知性(ステルス性) | × | ○ | ◎ | ○ |
5. | 対艦/対地攻撃能力 | ○ | ○ | △ | ○ |
6. | 航空自衛隊における円滑な運用 | ○ | △ | ○ | × |
7. | 2009年度内の配備開始 | △ | ○ | △ | ○ |
8. | 国内航空宇宙産業育成 | △ | △ | × | ○ |
圧倒的な性能から考えて、航空自衛隊のF-X本命はあくまでもF-22であることは確かだ。問題は戦闘機の国内開発をどうするかという点と、そのラブコールが受け入れられるかどうかにかかっている。今のところF-X機種決定が2008年度中に行われ、2009年度に最初の調達予算が計上される予定だが、F-22の2009年調達が不可能である場合、防衛省はF-X選定を延期する可能性もある。ロッキード・マーチンがいつまでF-22の製造ラインを維持するのか不透明なため、F-22採用には時間的猶予はあまりないのだが、手遅れになる前に適切な政治決着が付けられることを期待したい。