身の回りのあらゆる所から電力回収を目指すハーベスタ技術

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普段持ち歩く携帯端末の数が増えつつある昨今だが、携帯端末を常時運用するに当たり大きな問題になるのがバッテリである。右のグラフはノートPCのさまざまなファクタに関するここ10年ほどの改善割合をlogスケールで示したものだが、バッテリのエネルギー密度に関する改善が他と比べて芳しくないことに気づく。エネルギーの供給量が増えないので、CPUの低電圧化やクロックダウンなどの処理により、エネルギーの消費量を削減してなんとかバッテリ持続時間の延長を図っているのが現状だ(あるいはより大きなバッテリを積むか)。

バッテリ容量の拡大が見込めないのならば、発電すればよいというアイデアに行き着く。熱や振動から電力を生成 ハーベスタ技術は離陸するかにおいては、熱や振動、RF波を元に電力を生成するハーベスタ技術の紹介を行っている。

人体、工場の機械、さまざまな種類の電波など、多くの物体が熱や振動、RF波といった形でエネルギを発している。このようなエネルギをかき集めて、電力システムとして利用することはできないだろうか――このような発想は昔からあったが、これが現実味を帯びたものとなってきた。これを実現するのが、本稿のテーマである「エネルギハーベスタ(エネルギを刈り取り、収穫するもの)」である。

電子設計の基本と応用がわかる - EDN Japan

ウェアラブル研究の第一人者Thad Starnerが現状利用可能なハーベスタ技術とそこから得られる電力量のオーダについてサマリを行っている。上グラフは下記論文からの引用である。

  • Joseph A. Paradiso and Thad Starner: "Energy Scavenging for Mobile and Wireless Electronics", Pervasive Computing, IEEE, Jan.-Mar. 2005(原文)

実際、多種多様なハーベスタ技術が研究されているが、日光や振動、熱などの利用可能な生のエネルギー量とデバイスが許容する表面積や正味質量は、日常生活におけるコンピューティングにおいて生成可能な電力量を制限する。電気靴の足踏み発電や明るい光の元での太陽光発電を除いて、利用可能なエネルギーはmWかμWのオーダである(下表)。それにもかかわらず、研究者は、さまざまな省電力技術を組み合わせることによって、そのようなわずかな電力でも有用なオペレーションが行える組み込みデバイスを実現しようと努力している。このような努力は技術開発を加速し、バッテリ寿命ではなくコンポーネントの耐用年数が超省電力センサシステムの稼動年月を決める、そんな日の実現を近づけるだろう。

エネルギー源 パフォーマンス 補足
背景無線 < 1μW/cm2 トランスミッタの近傍に限る*1
環境光 100mW/cm2 (直射日光下)
100μW/cm2(オフィス環境下)
一般的な多結晶シリコン太陽電池の効率は16〜17%で、標準的な単結晶シリコン太陽電池は20%近い。左の数字は環境によって大きく左右されるが、Radio Shacksで販売されるありふれた太陽電池の典型値である。
熱電素子 60μW/cm2 ΔT=5℃におけるThermo Lifeの出力。ΔT<40℃の条件下の典型的な熱電素子の効率は1%以下である*2
振動発電素子 4μW/cm3(人間の動作─Hz)
800μW/cm3(機械の動作─Hz)
1cm3の大きさの発電素子に対する予測値*3。これは励起状態に大きく依存し(出力はω3y02に比例する。ここでωは駆動振動数、y0は入力変位である)、大きな構造物ほどより大きな出力密度を達成できる。
環境エアフロー 1mW/cm2 30liters/minの微小機械タービンによる実証値*4
押しボタン 50μJ/N MIT Media Labの3VDCにおいて*5
手動式発電機 30W/kg 日省エンジニアリングのTug Powerにおいて
足踏み 潜在的に7Wが得られる(1Hzの歩行において70kgで1cm歪む場合) 誘電性の弾性ヒールで800mW*6、水圧式の圧電アクチュエータ靴で250-700mW*7、圧電インソールで10mW*8

わずか数mWか数μWのオーダの電力であっても、超低消費電力センサの駆動電力としては十分であるかもしれない。環境中に大量のセンサを配置し、人間の様々な活動をモニタし、コンテキストに応じた支援を行うセンサネットワークの実現において、自分で必要な電力を得られるハーベスタ機能付センサは必要不可欠なものとなるだろう。大量のナノマシンを空中散布するようなSFもどきの研究が米国国防省の肝いりで研究されているが、ナノスケールのデバイスの駆動にはそれほど大きな電力は必要ないはずだ。

一方、既存の携帯機器を想定した場合、必要な電力を生み出すには人間の運動を利用する方法が最も有望であるが、最も有望な電力生成手段は足踏み発電となる。血圧や肺の空気圧などから電力を得る方法に比べても、得られる電力量は大きいし、機器もじゃまにならず人体に悪影響を及ぼすことはない。One Laptop per Child (OLPC)で採用されているような手回し発電は、クランクを回すという高負荷作業を意識的に行わざるを得ず、普段から利用するのは敷居が高い(携帯のバッテリが切れれば、とりあえず数分振れば復活するというのはアリかもしれない)。その点、発電靴は特段の労力をかけることなく、比較的大きな電力を得ることが出来るため、安価で耐久性の高い商品が発売されれば、携帯端末の駆動時間を延ばす決定打となる可能性がある。

近い将来、ビジネスマンの革靴には、ハーベスタ技術を応用した発電機構がインストールされるようになるかもしれない。その靴を履いて歩いている限り、多少携帯電話のバッテリを充電するのを忘れたとしても大丈夫となれば、利用したいユーザは多くいるだろう。Nike+iPodのように走行/歩行距離や消費カロリーなどを記録するセンサと組み合わせるのも効果的であり、体温や血圧など日々の健康管理に役立てたり、GPSの位置情報を記録して普段の行動記録をとるような魅力的な付加価値が付けば普及が促進されることだろう。

バッテリのエネルギ密度の改善が進まない中で、ハーベスタ技術はバッテリ駆動時間を延ばす有力な技術のひとつである。デバイスの超低消費電力化や、バッテリ容量の改善などを組み合わせることで、バッテリ駆動時間の改善が実現され、近い将来バッテリ切れに悩まされることが無くなることを期待したい。

*1:E.M. Yeatman, "Advances in Power Sources for Wireless Sensor Nodes," Proc. Int’l Workshop Wearable and Implantable Body Sensor Networks, Imperial College, 2004, pp. 20-21; http://www.doc.ic.ac.uk/vip/bsn_2004/program/index.html

*2:J. Stevens, "Optimized Thermal Design of Small ΔT Thermoelectric Generators," Proc. 34th Intersociety Energy Conversion Eng. Conf., Soc. of Automotive Engineers, 1999, paper 1999-01-2564; http://www2.msstate.edu/~stevens/iecec.pdf

*3:P.D. Mitcheson et al., "Architectures for Vibration-Driven Micropower Generators," J. Microelectromechanical Systems, vol. 13, no. 3, 2004, pp. 429-440.

*4:A.S. Holmes et al., "Axial-Flow Microturbine with Electromagnetic Generator: Design, CFD Simulation, and Prototype Demonstration," Proc. 17th IEEE Int’Micro Electro Mechanical Systems Conf.(MEMS 04), IEEE Press, 2004, pp.568-571.

*5:J. Paradiso and M. Feldmeier, "A Compact, Wireless, Self-Powered Pushbutton Controller," Ubicomp 2001: Ubiquitous Computing, LNCS 2201, Springer-Verlag, 2001, pp. 299-304.

*6:O. Yaglioglu, "Modeling and Design Considerations for a Micro-Hydraulic Piezoelectric Power Generator," master’s thesis, Dept. Electrical Eng. and Computer Science, Massachusetts Inst. of Technology, 2002.

*7:N.S. Shenck and J.A. Paradiso, "Energy Scavenging with Shoe-Mounted Piezoelectrics," IEEE Micro, vol. 21, no. 3, 2001, pp. 30-42.

*8:J.F. Antaki et al., "A Gait-Powered Autologous Battery Charging System for Artificial Organs," ASAIO J., vol. 41, no. 3, 1995, pp. M588-M595.