人体冷凍保存により未来に生き返る事を夢見る人たち

LM-72007-04-06


アルコー延命財団(Alcor Life Extension Foundation)人体冷凍保存クライオニクス(Cryonics)の研究技術開発をミッションとする、1972年アリゾナに設立された民間団体である。Alcor延命財団では15万ドルの料金で遺体の冷凍保存処理を行う。彼らが現在管理している冷凍保存された遺体は74体。高い料金を払って自分の死体を冷凍保存してもらっている彼らは、科学技術が発展した未来にナノテクノロジを駆使した魔法的な技術によって、再び生き返る事を期待しているのだ。

人体冷凍保存は意味があるのか?

彼らの主張によれば、人体冷凍保存技術は次の3点により正当化される。

1) 生命は基本的な構造が保存されている限り、停止させた後に再開させることが可能である。

人間の胚細胞は生命化学反応が完全に停止する温度において完全に保存される。成人は心臓、脳、およびその他のすべての期間が1時間機能停止する温度に冷却されても復活することが出来る。これらの事実と生物学的知見から、生命が物質の特別な形態であるということが分かる。細胞組織と成分が適切に保存されるたなら、生命を止めて再開させることが可能である。

2) ガラス化(virtification)によって生物学構造を適切に保存できる。

細胞に凍結防止剤(cryoprotectant)と呼ばれる濃度の高い化学物質を加えることにより、ほとんど氷を形成させずに、組織を非常に低い温度に移行させることが出来る。120度以下の氷の形成のない状態はガラス化(virtification)と呼ばれる。人間の脳程度の大きさの組織を物理的にガラス化させる技術が確立しており、これにより組織を凍らせることなく、組織を理想的な状態で保存することができる。

3) 分子レベルで構造を修復する技術は予見可能である。

ナノテクノロジの発展により、一度に個々の細胞の1個の分子の修復を含む、広範囲の組織修復および再建を可能にするデバイスが登場するだろう。この将来のナノ医学は理論上記憶と個性をコード化する脳の基本構造を無傷で保っている人を復活させる事を可能にする。

人体冷凍保存のプロセス

アルコー延命財団に登録している人の死期が近づくと、アルコー延命財団スタッフがクライアントの側に待機し、クライアントに死が訪れるのを待つ。医師によって死亡が宣告されると、すぐさまスタッフは冷凍保存処理を始める。

クライアントの心臓が停止し、死亡が宣告された時点で、クライアントは氷水溶液に浸され、心臓肺の呼吸回復装置(HLR)によって血液循環と呼吸が人工的に復元される。これはCPS(心肺サポート)と呼ばれる。静脈にはフリーラジカル抑制剤、一酸化窒素シンターゼ抑制剤、PARP抑制剤、抗凝血剤、麻酔薬などが注入され、CPSの間、血圧を維持し、再潅流障害から脳を保護する。麻酔薬は脳の酸素消費量を抑え、脳を保護する。

CPSと冷却が継続された状態で、大動脈と静脈に外科手術が行われ、患者は携帯用の人工心肺に接続され、以後、人工心肺が患者の心臓と肺の機能を引き継ぐ。この時点でCPSは必要なくなり停止される。

数分以内に患者の体温を数度まで低下させる。血液は低温で生命を維持するために設計された器官保存液に置換され、この状態でAlcor施設まで移送される。これは規模の大小の違いこそあれ、臓器移植によって臓器を保存するのに使われる手法と同一である。実験では動物が3時間の低温貯蔵後蘇生に成功しているし、保存液を絶え間なく循環させれば、さらに長い時間を乗り切ることもできる。Alcorによって行われた1984年の先駆的実験においては、犬が4時間低温保存された後、4℃まで上昇させた血液を再循環させることによって回復している。

その後、主要な血管を潅流回路に接続し、0℃程度に冷やされた、輸送の間に使われた保存液と同様の基礎潅流液が体内に循環されて、すべての血液を体外に排出する。その後凍結防止剤が体内に抽出された後、コンピュータ制御で-125℃まで冷やされて、ガラス化の進行が促進される。大体3時間程度でガラス化は完了し、その後クライアントは液体窒素により-196℃に保たれて長期保存される。そして遠い将来によみがえるのを夢見て眠り続けるのだ。

人体冷凍保存ビジネス

2006年夏現在、アルコー延命財団は809名の登録メンバを有し、74体の冷凍された遺体を保存している。アルコー延命財団は冷凍保存に当たって2つのオプションを提供している。1つは全身の冷凍保存で、これには最低15万ドルかかる。もう一つは頭部だけの冷凍保存で、これなら8万ドルで済む。また、登録メンバとなるには別に年会費が必要だ。追加料金等詳細はAlcor: Membership Info - Costsを参照のこと。なお、ライバル企業のクライオニクス研究所は2万8000ドルという戦略的価格を提示している。

冷凍保存技術はここ数十年で長足の進歩を遂げ、人体に破壊的影響を与えることなく、冷凍保存することを可能にした。一方、冷凍保存された遺体を復活させる技術開発はまだ開発の目処もたっていない。今のところ冷凍保存のプロセスはどうしようもなく不可逆的なのである。もちろん今までに冷凍された遺体が蘇ったことはないし、将来的に蘇ることが出来るかどうかも定かではない。Alcor延命財団では、冷凍保存された死体の蘇生について、分子操作を実現するナノテクノロジに期待しているようだが、『創造する機械―ナノテクノロジー』でドレクスラーが示したようなビジョンが実現するがいつなのか誰にも分からないし、そもそも可能かさえも分かっていない。

それでも海外では末期ガンに冒された患者が、自分がガンで死ぬ前に冷凍保存することを求めて訴訟を起こすなど、冷凍保存によって未来に蘇ることを期待している人が少なくないようだ。まあ、自分の命と金を何に使おうがその人の勝手だが、たとえ遠い未来にナノテクノロジによって冷凍保存された遺体の再生が可能になったとしても、21世紀の化石のような人間を蘇らせたいと考える好事家がどれだけいるだろうか?