50インチ以下にはフルHDは不要ではなかったのですか?

松下電器は「フルHDビッグバン」として全てフルHDパネルを採用したプラズマ/液晶テレビ「VIERAシリーズ」7モデルを発表したプラズマテレビは42インチから65インチまでフルHDで揃え、液晶テレビでは37インチのフルHDモデルを始めて投入した。

しかし少し待ってほしい。松下電器はほんの1年前「フルHDばかりがいいとは限らない」と主張し、フルHDをアピールする液晶陣営を牽制したところではないか。当時の主張を引用すると次の通りだ。

 「映画を見るような映画館並の臨場感をもたらすには、45度の画角がいいといわれる。日本の住環境を考えると1.8メートルの距離で見ることが求められるが、それらを実現するには、65インチのブラズマテレビで2H(画面の高さの2倍)という距離になる。2Hという距離では、フルHDでないと画素とノイズが見えてしまう」。

 「一方、スポーツを見る際の臨場感を再現するには、30〜35度の画角が最適。これを1.8メートルという距離で逆算すると、3Hとなる50型が最も臨場感を堪能できる画面サイズとなる。だが、3Hの距離があれば、一般のHDでも、画素やノイズは、ほとんど気にならない」とする。

 また、辻原氏は「65インチで映画館の臨場感を楽しみたいという人にはフルHDが最適だが、50インチのプラズマテレビでスポーツや音楽といった動きのある映像を楽しみたいのであれば、フルHDだけが選択肢の全てということにはならない。すべてのユーザーにコスト負担を求め、フルHDを購入していただく必要はないといえる。フルHDの威力が発揮できるのは、50インチ以上に限る」と述べた。

 さらに、辻原氏は「静止画であれば、画素数は大変重要。しかし、動画を映し出すテレビの場合は、画素数だけがポイントではない。画素数と動画再現性によって表される解像度、斜めから見ても色変化がない色再現性、そして、高解像度に見合った高い階調性を実現するといったパランスが必要」と補足した。こうした点での優位性を加えることで、初めて、50インチ以下にはフルHDが不要という議論が成り立つと強調する。

http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20060601/ce08.htm

松下電器はこのプレゼンにおいて、試作品である50インチフルHDプラズマテレビと、最新モデルの松下電器製の50インチのHDプラズマテレビを比較してみせ、「フルHDばかりがいいとは限らない」とまで言い切り、「50インチ以下にはフルHDは不要」と主張したのだ

それから1年、今回発表された7機種の内、42インチのプラズマ2機種、37インチの液晶1機種が50インチ以下であり、松下の主張によればフルHDが不要なサイズである。松下電器は不要な機能にユーザのコスト負担を求めているのだ

松下電器フルHDが不要な根拠として、画面の高さの3倍となる3Hという距離を上げ、その距離からの視聴ではフルHDと一般のHDで差がないことを示した。1年の間にこの論拠に使われるパラメタに変更が生じたとは考えにくい。人間の視覚特性は1年で変わったりはしない。つまり、依然として50インチサイズ以下のフルHDには「何となく高画質」というイメージ以上の意味はないのだ。

言い換えれば、1年前はフルHD化の準備が間に合わなかったのでフルHD不要論を唱え、現在はフルHDが揃ったので手のひらを返すようにフルHDを大々的にアピールしているのだ。消費者を馬鹿にするのもいい加減にしてもらいたい。たった1年前に副社長が宣言した「フルHD不要論」を、何の根拠もなくひっくり返すのか。松下電器の役員は、その場その場を取り繕うために、消費者を翻弄するようないい加減な主張をしているのか。顧客第一が聞いて呆れる。

とはいえ、松下電器にも同情すべき点はある。まず第一にフルHDは松下の主張するように50インチ以下にはほぼ意味がない*1。ところが悲しいことにフルHDでないと売れないという状況が1年前に既に固まりつつあった。シャープとソニーの策略がまんまとはまり、消費者は意味のないスペックに喜んで高い金を払う状況が生まれたのである(そしてこれは今も続いている)。

ここで松下の取るべき戦略として2つあった。1つはフルHD不要論を唱えること、もう1つは液晶陣営と同様に意味のないフルHD搭載機を投入することである。ところが、実際には後者の戦略は開発時間の関係から選択しようがなかった。フルHD搭載機を投入しようにもまだ試作品もできていない状況だったのである。

そのため1年前のフルHD不要論の披露となったわけだが、一般にはほとんど浸透しなかった。フルHDという極めてわかりやすいメッセージに対抗する術を持たなかったのも原因の一つだが、まもなく投入されるフルHD機を否定するようなアピールを大々的には行えなかったという面もあるだろう。そしてこの1年は大画面にシフトしてきた液晶テレビプラズマテレビが押される状況が続いたわけだ。

結局、1年後に意味のないフルHD搭載機の開発に成功、液晶陣営のように無知な消費者を騙して高い価格で売りつける準備がいよいよ整ったのである。もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。

*1:一応断っておくと、高精細なデジカメ写真やWebページを閲覧するなど、テレビをモニタとして利用する際にはフルHDのメリットが出てくる。そういった使い方をする人はフルHDモデルを選択すると良いだろう。