デジタルコンテンツは現代病を誘発する?

高周波成分を切り捨てたデジタルコンテンツ

世の中はデジタルコンテンツで溢れている。音楽の視聴スタイルも近年急速に変化し、CDから取り込んだ音楽をiPodで視聴することが当たり前となった。しかし、ご存じの通りCD音源は44.1kHzでサンプリングされているため、おおよそ20kHz以上の高周波成分はカットされている。これは人間の可聴上限である20kHz以上の高周波成分をカットすることでファイルサイズを小さくしているのだ。現行のCD、MD、MP3、BS及び地上波デジタル放送用音声規格はいずれも同様の高周波成分のカットを行っている。

CDへの移行時にアナログレコードの方が音が良いと言われたのは、このカットされた高周波成分に原因がある。カットされた高周波成分は非可聴なのでもちろん人間の耳には聞こえないのだが、脳波を取って調べてみると高周波成分を含む音楽の方がアルファ波が増加するなど有意な差が認められたのだ。人が心地よい音楽を聴いてリラックスするためには20kHz以上のカットされた音域が重要な役割を果たしていたことが判明したのである。残念ながらその知見が得られたときCDは既に普及期にさしかかっており、もはやフォーマットの変更ができない状況であった。

そのため、今でも人々は本来必要な高周波成分がカットされた音楽に囲まれて生活している。CDの後継フォーマットとして規定されたSACDは100kHz以上の高音域も記録可能としたがほとんど普及していない。さらに、都市部では環境音に含まれる高周波成分が著しく欠如していることも知られている。現在の人々は高周波成分から隔離された環境で生活しているのである。

ところが、人類の進化の歴史を振り返ってみると、人類はその進化の大部分において豊富な高周波成分を含む音に囲まれた熱帯雨林で過ごしてきたと考えられる。人類が高周波成分から隔離された都市環境で生活を始めたのはこの100年以内のことだ。そんな不自然な環境下において、我々は人類が進化の途上でおそらく遭遇したことがないであろうほど急峻な高域遮断傾斜をもつデジタルコンテンツの洪水を毎日浴びているのである。

感覚遮断とよばれる実験がある。これは光・音を遮蔽した部屋において、人間が浮かぶ程度の比重を持つ、体温と同じ温度の液体で満たされたアイソレーションタンクに被験者を浮かべ、被験者が外界から得られる情報を遮断してその反応を調べるものだ。結果、被験者はあっという間に発狂してしまい、とても長時間耐えられない。同様に無響室の工事にも危険が伴うということで、長時間の工事は制限されている。このように、人間の健康という観点で見れば、ある程度の情報が外界から入ってくることが標準で、それらの情報を遮断してしまうと人間にとって侵害的な影響を及ぼすことが分かる。

デジタル時代の著しく抑制された音響環境は人体に何らかの悪影響を与えないだろうか?

ハイパーソニック・エフェクト

近年、可聴域上限を超える高周波成分を豊富に含む非定常な音が、人間の脳幹、視床視床下部を含む基幹脳ネットワークを活性化し、それを反映するさまざまな生理、心理、行動反応をひきおこす現象(ハイパーソニック・エフェクト)が発見され、注目されている。

以下、上記論文より図表を引用して、ハイパーソニック・エフェクトの概要の説明と、デジタルコンテンツが潜在的に持つ危険性について述べる。

上掲図1Aは豊富な高周波成分を含むサウンドである。熱帯雨林で環境音を録音するとこのように多くの高周波成分を含んだ音が採取できる。人類がその進化の過程で最も慣れ親しんできたサウンドであるといえる。上図BのFRSはこのサウンドを録音し専用の機械を使ってなるべく原音に忠実に再生したもので、高周波成分を豊富に含む音である。高周波成分まで適切に再現されていることが分かる。一方HCSは20kHz以上の高周波成分をカットした音であり、現状のデジタルコンテンツのサウンドを表している。可聴域は全て含まれているので、人間の耳にはFRSもHCSも同様に聞こえる。最後のLCSは20kHz以上の高周波成分のみ抜き出したものである。人間の耳には聞こえない。

上掲図2は音を聞かせていない時の定常状態(baseline)、HCS、FRSの音を聞かせたときの被験者の脳波α波ポテンシャルを示したものである。濃い赤になっている方がα波ポテンシャルが高いことを示している。高周波成分を豊富に含む音(FRS)を聴いている時の方が、高周波成分をカットした音(HCS)を聴いている時よりも、α波ポテンシャルが増大していることが分かる。

上掲図4(左)はFRSとHCSの場合の脳の活性状態を比較したものであり、図5(右)はそれぞれの脳の血流量を測定したものである。これらから高周波成分を豊富に含む音(FRS)を聴いている時に基幹脳の活性化が見られることが分かる。一方高周波成分をカットした音(HCS)を聴いている時には脳幹・視床等の基幹脳の活性はむしろ定常状態よりも抑制されていることが分かる。音楽を聞いてリラックスするどころか実はその逆なのだ。また基幹脳の活性化は高周波成分だけを抜き出したLCSでは見られず、可聴音成分と共存するときのみに見られることが分かる。

ここでbaselineを定常状態としたが、前述のように人間は常に豊富な高周波成分に囲まれて進化してきたことを考えれば、実際には熱帯雨林環境と近い高周波成分を豊富に含む音(FRS)を聴いているときを定常状態とすべきとの考えもある。FRS時の活性状態から見れば、高周波成分をカットした音(HCS)を聴いている時の脳は極度に抑制された状態にあると言える。

基幹脳は適応制御系であり、人間の体内の環境を最適な状態に制御する部分である。基幹脳が活性化するとNK細胞活性が有意に増加し、ストレス性ホルモンであるアドレナリンが有意に減少する。免疫活性が増大し、ストレスが減少することになる。

一方、基幹脳は報酬系であり、ここが活性化されると音がより美しく聞こえる。目盛りの無いボリュームを被験者に渡し、快適に聞こえる音量にセットしてもらう試験をすると、基幹脳が活性化されているときの方がより大きな音で聴こうとする*1。音の一層美しく快い受容の誘導、そして音をより大きな音量で聴く行動の誘起等を導き、デジタルコンテンツの魅力・訴求力を増大させる上で効果的と言える。CDの音による感動は残念ながら原音によるものとは比較にならない。

これまで述べたように、基幹脳ネットワークが聴こえない高周波成分によって活性化され、心身の健康にとってポジティブな効果をもたらすことは、ハイパーソニック・エフェクトと呼ばれる。ハイパーソニック・エフェクトは人間の可聴域上限(20kHz)を超える高周波成分を豊富に含む非定常な音が、人間の脳幹、視床視床下部を含む基幹脳ネットワークを活性化し、それを反映する様々な生理、心理、行動反応をひきおこす現象である。更に、ハイパーソニック・エフェクトを発現させる超高周波空気振動は、耳からではなく体表面から受容されることが実証されており、高周波成分の受容が耳を介した気導聴覚系ではなく、体表面に存在する何らかの未知の振動受容メカニズムによって行われることを示している。

デジタルコンテンツの潜在的危険性

一方、基幹脳が抑制されるとどうなるか。簡単に言えば上記の逆のことが起こる。免疫活性が減少し、ストレスが増大。デジタルコンテンツはよりチープに聞こえ、魅力・訴求力は減衰してしまう。ストレスが増大すると高血圧、ガンのリスクが高まるし、近年社会問題化しているADHD不登校、切れやすい人の増加もモノアミン系の神経系の異常が原因と考えられている。これらは全て基幹脳の活性化の異常に収斂する。これは、現行デジタルコンテンツが、ユーザーの心身の健康に対してマイナスの影響をもたらす可能性を示唆する。

この知見に基づけば、アナログ・メディアの全廃にはリスクが伴うといえる。デジタル・メディアでは確定的に非可聴領域が切り捨てられる訳だが、これは現代病を誘発する可能性があるわけだ。2011年にはアナログ放送の全廃が決定しており、全面的にデジタル放送(24kHz以上切り捨て)に移行する予定になっているが、これは問題ないのだろうか?

デジタルフォーマットの策定は今まで工学的側面からみた検討だけが行われてきた。しかし、これからは人間の側から、脳の側からフォーマットを考える必要がある。もちろん、高周波成分の欠如したデジタルコンテンツと現代病との因果関係は証明されたものではないが、人間の脳に長期的にネガティブな影響を与える可能性があることを考えると、情報通信・メディアコンテンツ産業も食品製造業等と同様に高い生命倫理観に基づく責任と対応が求められると言ってよいだろう。

*1:実はこの効果は効果が現れるまでに時間がかかる遅延系であり、5分とか長い時間聴かないと発現しない。CDのフォーマットの策定時に参照された実験では短い音を利用していたためこの効果は発見されなかった。