徐々に淘汰されつつあるX'masという表記

辞書でXmasを引くと丁寧に解説が載っている。

Xmas [Christmas]
クリスマス。Xはキリストを示す。X'masは誤り。

三省堂 大辞林第二版

Xにアポストロフィは必要ないのだが、この時期目にする様々な表記にX'masという現代英語として誤った表記が見られる。さんざん様々な媒体でX'masは誤用であることが紹介されているのに、未だ間違いが絶えないというのはどうしたことだろうか。ただ、『クリスマスの「X'mas」表記は誤字です。』では近年徐々にXmasという正しい表記が広がりつつあることが示されている。英会話学校のNOVAがCMで誤用していたというのは笑えない話だが。

WikipediaにはXmasという表記方法について次のような解説がなされている。

英語のChristmasの略記として、英語圏ではXmas、あるいは、X-masと綴る。Xmasという表記の「X」は、ローマ字の「X(エックス)」と同じ形であるギリシャ文字の「Χ(カイ)」に由来する。すなわち、英語の「Christ」を、ギリシャ語原表記「Χριστος」の頭文字「Χ(カイ)」を以って表したものである。略記であるため、正式な場では避けられる。

Christmasの略記として、日本・台湾・東南アジアではアポストロフィを付けて X'mas と表記することが多い。この表記の起源は不明だが、終戦直後、1945年のクリスマスで、GHQの正面玄関の上に Merry X'mas とネオンサインで大書きされていた。この表記は誤用とされるが、非キリスト教圏では「Χ(カイ)」がキリストを意味する記号として浸透していないため、語中で「Χ(カイ)」を浮き立たせるこの表記法は広く受け入れられている。

クリスマス - Wikipedia

X'masという表記は日本だけではなく、台湾や東南アジアでも広まっているようだ。Wikipediaでは1945年における利用例が紹介されているが、はてなダイアリーキーワードによれば、19世紀の英語文献にもX'masという表記が散見されるとのことで、日本人が最初に用いたというわけでも無いらしい。本エントリのアップ後にメールで情報提供を頂いたのだが、実際に16世紀から19世紀にかけての書籍にあたると、X'masの表記が見つかるようだ。

わざわざ書くのもバカバカしいが、X'masが「日本人の考案によるつづり」などというのは、全くのデタラメだ。そもそも16世紀頃のイギリスで使用されていた非標準的つづりXristmasが、その後に省略されていく過程で、XtmasとかXtmasとかX'masとかいう表記が生まれてきた、っていうだけのことだ。その意味では、X'masが「誤り」ならば、Xmasだって同じように「誤り」だろう。

失われたX'mas | yasuokaの日記 | スラド

19世紀の英語文献を読んでると、X'masって表記、時々みかけるけどな。と思いつつ、books.google.comを調べてみたら、あるわあるわ、これとかこれとかこれとかこれとか…。あるいはこれとかこれなんて、Xtmasになってて、かなりかわいい。少なくとも『「X’mas」という表記は全く行われなかった』なんてのは大嘘だ。

つまるところChristmasの略記法には、XtmasとかX'masとかX-masとかXmasとかの「表記のゆれ」があるということなのだろう。それが徐々にXmasあたりに収斂していってるからって、過去に遡ってX'masを「無かったことにする」のは、表記の歴史という視点から見れば、あまりに乱暴な議論だと言わざるをえない。

ゆれるX'mas | yasuokaの日記 | スラド

もともとX'masという表記は、XtmasやX-mas、Xmasと同様に表記の揺れの一つだったと考えるのが妥当で、その発案に日本人が関与していたというのは誤りと考えた方が良さそうだ。それが時代を経て、現在英語圏ではXmasないしX-masのどちらかの表記が使われることが標準となったと言うことだろう。いつ頃からその収斂が始まったのかは定かではないが、今と違い情報が流通しない時代にあって100年単位の時間がかかったと見られる。

GoogleでX'masで検索したときにはGoogle先生が『もしかして: Xmas』と正しい現代英語表記に誘導してくれる。スペルチェック機能が自動的に正しい表記に変換することもあるだろう。インターネットの発達により文字情報が世界中を駆けめぐるようになれば、情報はテキストという形で固定化されるともに、ほとんど無視できるコストで世界中に配信されるため、従来見られた方言や誤用は次第に数を減らし、全体としては均一化されていくと推測される。インターネットは語の収斂を加速させるのだ。X'masという表記を保存しようとする新たな動きがない限り、今後の十数年でX'masという表記は淘汰されるのではないか。