そろそろ遺伝子組み換え食品を認めてはどうか?

国内で入手可能な加工食品の多くには「遺伝子組み換えでない」原材料を使っている事を明記されている場合が多い。国内ではロシア科学アカデミーのイリーナ・エルマコバ博士(Dr.Irina Ermakova)による遺伝子組み換え食品の危険性への警鐘が大手マスコミで大々的に報道されるなど、遺伝子組み換え食品が敬遠される傾向にあり、輸入量の8割を占める米国ではわざわざ日本向け非遺伝子組み換え大豆を選別している。

入手が困難になる非遺伝子組み換え大豆

米国は遺伝子組み換え大豆を日本向けに輸出しないのではなく、遺伝子組み換えでない大豆をわざわざ日本向けに作って選別して日本に輸出している。昨年の実績では米国で作られる大豆の実に9割が遺伝子組み換え大豆で、日本は僅か9%しか無い非遺伝子組み換え大豆を割高な金額を払って買い付けているのである

世界的な食糧不足の中にあって、今後より一層、日本以外に需要のない遺伝子組み換えでない大豆を入手することは困難になることが予想されるが、高い金を払って遺伝子組み換えでない大豆を求めることは理に適った行動なのだろうか?

トンデモ科学者に踊らされる日本人

ロシア科学アカデミーのイリーナ・エルマコバ博士は、遺伝子組み換え大豆でラット新生児の半数が死亡すると言う衝撃的な実験結果を公表し、遺伝子組み換え食品の安全性について警鐘を鳴らした。2006年に市民団体の招きに応じて来日しており、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン日本有機農業研究会「土と健康」No.380等で関連記事を見ることが出来る。

毎日新聞も2006年の7月6日付朝刊に次のように紹介している。

遺伝子組み換え大豆 子ラット6割死ぬ

胎内、生後に摂取 ロシア科学アカデミー

 ロシア科学アカデミー高次機能・神経行動学研究所のイリーナ・エルマコヴァ博士が、親ラットに遺伝子組み換え大豆を混ぜた餌を食べさせ、生まれた子ラットにも与える実験をしたところ、生後3週間までに約6割の子ラットが死んだ。遺伝子組み換え大豆の慢性毒性の可能性を示す初めての研究結果といい、6日に大阪市で開く講演会で報告する。

エルマコヴァ博士が提示した実験結果を次に示す。


母ラットの数 出産数 死亡数 死亡率(%) 生存数
通常の飼料のみ 4(6匹中) 44 3 6.8 41
通常の飼料+モンサント社製除草剤耐性大豆(遺伝子組み換え大豆) 4(6匹中) 45 25 55.6 20
通常の飼料+非遺伝子組み換え大豆 3(3匹中) 33 3 9 30

遺伝子組み換え大豆を与えると実に55.6%という極めて高い死亡率が報告されている。日本のマスコミや市民団体はこれは大変と飛びついたわけだが、はっきり言って高すぎである。仮にも食品用として認可されている食品において、いきなり6割も死ぬというのは、ちょっと考えればあり得ないと言うことが分かるだろう。こうしたとんでもない結果が出ると言うことは、何かがおかしいのだ。

日本のマスコミがこのとんでもない結果を無批判に報道したことについて、幻影随想: 毎日新聞、またしても遺伝子組み換え作物ネタに踊らされてガセを掴むにおいてその非見識を糾弾されている。

科学的とは言えない実験結果

実験の正当性に関しては、メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)において参考文献を示した上でその問題点が指摘されているので、それを参考に問題点を整理したい。

まず、彼女の実験においては、遺伝子組み換え大豆は生のまますりつぶしてマウスに与えられていたらしい。生大豆にはトリプシンインヒビター(trypsin inhibitor)などの毒性物質が含まれており、普通は加熱して不活性化してから与えるのだが、生のまま大量に生大豆を与えられれば、いかにも健康に悪影響が出そうだ。

一方、非遺伝子組み換え大豆の方はADM社のArcon SJ91-330という食品を使ったようで、こちらは人間向けの大豆タンパク製品であり、きちんと加熱されているし、大豆とは組成が異なる似て非なるモノだ。マウスの死亡率の差は、遺伝子組み換えの有無ではなく、加熱の有無など他の要因によってもたらされたと考えるのが自然だろう。

上記のように彼女の実験はいい加減極まりない。事実、英国食品基準庁 新規食品と製造工程に関する諮問委員会は、2005年12月5日付見解で次のように切って捨てている。

博士の報告は意味のある結果の評価を行うのに不可欠な詳細なデータが不足している。特に餌の栄養組成や量が適性であったかどうかに関する鍵となる情報が提供されていない。また、この報告は予備的な研究結果であるため、通常の科学論文に対して行われる査読によってその妥当性が検証されているわけではないことに留意する必要がある。

マウスに大量の生大豆を与えると、様々な栄養バランス異常を引き起こし、生存率が低下したり、様々な悪影響が見られる事はよく知られている。これは大豆が遺伝子組み換えかそうでないかに関わらず発生する。また、大豆の含有するタンパク質は大豆の種類や生産地によってバラツキがあり、遺伝子組み換えの有無とは無関係であることもよく知られている。そのため、異なった種類の大豆を多く含む餌は注意深く計量され、その栄養組成が等しくなるよう確かめられなければならない。本報告においてそれが適切になされたかどうかは不明である。

通常とは異なり、マウスに対して大豆は餌に混ぜられるのではなくペレット*1で与えられている。母マウスは実験の間1日に20gの大豆を摂取しており、これは通常適切と考えられるビタミンおよびミネラルの摂取量を大きく超過している。それぞれのマウスによって摂取された大豆の量は明らかにされておらず、通常の餌の量に関するデータもない。死亡の原因に関するデータも無い。

遺伝子組み換え大豆および非遺伝子組み換え大豆は別々の入手先から取得されており、輸送や保管における汚染によるマイコトキシンのような毒素の混入の可能性を排除できない。

結論として、この予備的な研究結果に関しては、遺伝子組み換えの有無とは無関係に、多くの説明が可能である。さらなる詳細なデータの提供無しには、この研究から如何なる結論も導き出すことは出来ない。諮問委員会はエルマコヴァ博士に対して情報提供を求めており、もし情報提供が行われればそれを評価すると共に、仮に査読された論文として提出されれば、再検討を行う所存である。

また、エルマコヴァ博士の報告は2004年に提出された論文*2の結果と一致しないことも付記しておく。極めて良くコントロールされた実験において、21%の除草剤耐性大豆(遺伝子組み換え)を含む餌を与えられたマウスを4世代にわたって観察した結果、如何なる悪影響も発見されていない。

英国食品基準庁 新規食品と製造工程に関する諮問委員会 2005年12月5日付見解

諮問委員会は博士の報告は科学論文に求められる厳密性の検証が出来ない以上、評価に値するものではないと断じている。結局エルマコヴァ博士は、現時点に至るまで如何なる追加報告もしておらず、学術的には完全に無視されている。そんないい加減な報告を、日本では大手マスコミが報道し、市民団体が無邪気に信じて遺伝子組み換え食品の危険性を喧伝しているワケだ。未だ臆面もなく、彼女の研究成果を遺伝子組み換え食品の危険性を示す証拠として掲げている数多のサイトは何を考えているのだろうか。

科学的に安全性が確かめられている遺伝子組み換え食品

遺伝子組み換え大豆に関しては、前述のBrake DGらの研究において、4世代にわたり厳密に調整された遺伝子組み換え大豆と非遺伝子組み換え大豆が与えられたが、双方に如何なる違いも見られなかった事が報告されている。

また、国内でも東京都健康安全研究センターくらしの健康 第8号において遺伝子組み換え大豆の投与試験について報告している。センターではマウスによる13週間の投与試験(有害作用は発見されず)に加えて、長期的な影響や次世代への影響を見るために、ラットのほぼ一生に相当する104週間(2年間)の投与試験と、マウスを用いた生殖試験(次世代試験)を行っている。

図2は104週間にわたり、遺伝子組み換え大豆(GM大豆)と非遺伝子組み換え大豆(Non-GM大豆)を与えた投与群の生存率を示したものである。GM大豆投与群とNon-GM大豆投与群の間に統計学的に有意な差は見られない。

図3は体重の増加を示したものであるが、GM群とNon-GM群の間で同様で、良好な生育状態を示している。

その他ここでは、血液学的及び血清生化学検査、臓器重量、組織学的検査を行い、さらに雄では精子の数や運動性についても観察しているが、GM大豆による影響は認められていない。また、炎症やアレルギ−性反応の目安となる好酸球(白血球の一種)について、小腸粘膜における数を、顕微鏡を使って計測しているがやはりGM群とNon-GM群の間で差は見られていない。

生殖試験に関しては、GM群とNon-GM群の4通りの両親の組合せから子供を生ませているが、各時点での交配率、妊娠率、出産率、出生仔の数や発育状態には、いずれもGM大豆摂取によると考えられる影響は認められず、遺伝子組み換え大豆の次世代への影響はないものと結論されている。

結論

このように科学的な試験においては認可済みの遺伝子組み換え大豆に如何なる危険性も確認されていない。厚生労働省:遺伝子組換え食品の安全性についてに解説されているように、国内に流通する遺伝子組み換え食品は最新の科学的知見に基づいて安全性が確認されており、それを食べたからと言って短期的にも長期的にも影響が出ることはまず無い。

だとするならば、高い金を払って非遺伝子組み換え食品を求める事は、コスト的に見合わないという事になる。確かに遺伝子組み換え食品には未知なる危険性が潜んでいる可能性は0ではない。しかし、最新の科学知見はその危険性が極めて小さい事を明らかにしている。極小のリスクを回避するために一体いくら払うのか。そろそろ遺伝子組み換え食品を毛嫌いするのはやめてはどうだろう。それが理に適ったやり方だと思う。

参考文献

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)