『千と千尋の神隠し』に対するロジャー・エバートのレビュー

先のエントリ『『千と千尋の神隠し』に対する最も参考になる米Amazonレビュー*1に加えて、もっとも著名な映画評論家の一人であるロジャー・エバート(Roger Joseph Ebert)の『千と千尋の神隠し』に対するレビューも併せて紹介したい。ロジャー・エバートアメリカで最も有名で、信頼される映画評論家である。1967年以降毎年発表されている彼による年間映画ベスト10ランキングを見ると、『千と千尋の神隠し』は2002年の第8位にランクされている。評価は最上位となる★★★★(4つ星)である。

千と千尋の神隠し

ロジャー・エバート 2002年9月20日

宮崎監督の『千と千尋の神隠し』は『不思議の国のアリス』と比較されてきた。実際『千と千尋の神隠し』は不思議な生き物と不道理な規則が支配する世界に迷い込んだ10歳の少女の物語だ。しかし、『千と千尋の神隠し』はうっとりするような魅力的な独自の世界を描き、良いハートを持っている。これはここ数年でベストのアニメーション映画であり、ディズニーのアニメーターにとっては神にも等しい日本人監督、宮崎駿の最新作である。

多くの大人が日本のアニメ映画を見ることを理由もなく避けているので、再確認から始めたい。『千と千尋の神隠し』はJohn Lasseter(『トイ・ストーリー』)によって完璧に英語に吹き替えられており、ベルリン国際映画祭の一般映画を対象とした最優秀賞を共同で受賞した*2。日本の興行成績においてタイタニックを抑え史上最高となり、米国建国以来初となる2億ドル以上の売上を達成した最初の映画となった。

ちょっと宣伝ぽくなってしまったかも知れないが、参考情報として指摘させていただいた。これは素晴らしい映画だ。あなたが日本のアニメーションについて知っていると思っていることで『千と千尋の神隠し』を避けるのはどうかやめていただきたい。もしあなたがディズニーアニメしか見ないと決めていたとしても問題ない。この映画はディズニーによって配給される。

宮崎監督作品(『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』)は、米国のアニメーションにしばしば欠けている深淵さと複雑さを有している。コンピュータを嫌って、彼は数千のフレームを自分で描いた。彼の仕事には絵画的な豊かさがある。彼はスクリーンの端まで無駄に緻密に描画することで有名である(アニメーションはあまりに手間が掛かるので、必要以上の描画を行うアニメータは少ない)。躍動感溢れるアクションと愛らしく時にグロテスクなキャラクタにパンクチュエーション(句読点)を与える静寂と熟考を活用している。

千と千尋の神隠し』は10歳の少女である千尋(声:Daveigh Chase)の目を通して語られ、『もののけ姫』に比べてより個人的でささやかだ。ストーリーは千尋が両親と旅行しているところから始まる。彼女の父親は愚かにも森の中の不可思議なトンネルの探索に家族を誘う。トンネルを抜けた先には、父親がテーマパークの残骸だと推測した施設があった。しかし屋台はまだ営業しているようで、両親が無断で座り込み食事している間に、千尋は外に彷徨い出て、湯屋がそびえ立つこの映画が描く不思議の国にたどり着く。

ハクという名の少年は千尋を手助けし、湯屋を経営する魔女、湯婆婆が千尋の名前、ひいては自己を奪おうとすると警告する。湯婆婆(声:Suzanne Pleshette)は大きな顔のしわくちゃの老婆で、ちょっとToby mugに似ていて、坊という名のグロテスクな巨大な赤ん坊を溺愛している。『となりのトトロ』のように足元を走るススワタリが生息する建物に迷い込んだ千尋に対して、湯婆婆は不吉にも新たな名を与える。

その建物の内部で、千尋は釜爺(声:David Ogden Stiers)が切り盛りするボイラー室にたどり着く。釜爺はきちっとした上着を着ていて、途方に暮れるほど変化に富んだやり方で8本の手足を駆使する。最初、彼は彼が支配する世界と同様に恐ろしく見えたが、彼には良いところがあり、湯婆婆の味方ではなく、千尋の良さを認めてくれる。

もし湯婆婆が登場人物のなかで最も恐ろしいとするならば、釜爺は最も興味深い。オクサレ様*3は最も切迫したメッセージ性を有する。オクサレ様は川の神であり、身体は永年にわたって川に捨てられたガラクタや廃棄物、ヘドロと同化していた。ある時には、オクサレ様から捨てられた自転車が出てきた。私は『となりのトトロ』で無駄に緻密に描かれたシーンを思い出した。そこではある子供が泡立つ小川を覗き込んでいて、川底には捨てられた瓶があった。何の意味もなく、何の意味も必要ない。

日本の神話では、身体の外見が本質を表し、しばしば人や物の姿が変化する。アニメーションはまるでその変化を描写するために発明されたかのようで、宮崎監督はここでキャラクタを摩訶不思議にあやつる。千尋が最も驚いたのは、彼女の両親がフリーランチに歓声を上げた後、豚に変化したことだった。オクサレ様は大量のヘドロと捨てられたゴミを取り除かれて真の姿に戻る。実際、湯屋全体は中に住むものの外見と性質に作用する魔法の効力下にあるようだ。

宮崎監督の描写スタイルは、日本の古典的な画家の作風を受け継いでおり、巧みな色遣い、明確な線描画、リッチなディテール、そして空想的な要素のリアルな描写に支えられている。彼はキャラクタの外見だけではなく、その本質までも描画している。仮にストーリーやセリフを全部除いたとしても、『千と千尋の神隠し』はそれ自体が素晴らしい体験だ。これは本年ベストの映画の一つである。

Spirited Away Movie Review & Film Summary (2002) | Roger Ebert

基本的に絶賛する内容となっているが、本人による『火垂るの墓』に対するレビューと読み比べてみると、『火垂るの墓』のレビューが冷静な分析ではあっても、映画によってもたらされた衝撃がにじみ出ているのに対し、『千と千尋の神隠し』の方は一歩引いたレビューとなっている印象だ*4。これは2つの映画の扱うテーマの違いによるものだと考えられるが、アートワーク、キャラクタ描写等に関しては、両作品とも素晴らしいとの評価がなされている。

ロジャー・エバートのような影響力のある映画評論家が、日本アニメーションの良さを理解し、それを他の人にも伝えようとしていることは、日本のソフトウェア産業にとって励みになるはずだ。

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*1:ありがたいことに日本視覚文化研究会さんやカトゆー家断絶さんからリンクを頂いたため、22日時点で数千を超えるアクセスが集まっているが、はてなブックマーク数はわずか3に留まっている。短期間のうちにホットエントリに入らないと、まったく気付かれないはてなブックマークの特性が顕著に出ているのかも。

*2:訳注:真っ先に紹介されてしかるべきアカデミー賞受賞は本レビューの後である。

*3:原文には一貫してOkutaresamaと書いてある。オクタレ様?

*4:あくまでLM-7の印象なので、是非『火垂るの墓』に対するレビューと読み比べてもらいたい。