衆議院の劣化コピーにすぎない参議院に価値はない

2007年夏の参議院議員選挙自民党の惨敗となり、躍進した民主党参議院第一党の座を射止めた。自民は一人区で6勝23敗と惨敗、改選前は自民110、民主81という勢力だったのが、改選後は自民83、民主109と完全に逆転した。空気の読めない赤城農相が今更辞任していたりするが、もし辞任が選挙前だったら2,3議席は変わったのでは無かろうかと誰でも思っただろう。次々と大臣の失言が飛び出したりと、とにかく自民党の対応は何もかもまずすぎ、民主躍進の大きな原動力となった。

ところが、もしこれが衆議院議員選挙だったらこれほどまでに民主党が躍進することは無かっただろう。政権交代の可能性のない参議院だからこそ、自民党への批判票として民主党に投票した有権者も多いと思う。参議院で第一党が変わったとしても、政権与党が変わることにはならないので、ある意味安心して批判票を投じることができるのである。政権交代が確実に起こる衆議院議員選挙の場合には有権者の投票行動は変わってくるだろう。

政権運営に決定的な影響を及ぼすことのできない参議院に存在価値があるのか。基本的に衆議院がすべて決めるのならば、参議院はいらないのではないか。

そもそも参議院は、下院にあたる衆議院とは別の選定プロセスにより選定された有識者から構成され、衆議院のチェック機構としての役割(抑制均衡・良識・再考の府)が期待されていた。そのため、被選挙権も30歳以上に制限され、全国区が採用されるなど、なるべく政党色の薄い中立的な立場から意見できる人材が集まるように配慮された。

ところが現実はどうだ。小選挙区比例代表並立制の導入により、参議院も政党間の対決という観点が重視されるようになり、知名度だけのずぶの素人が当選する有様だ。まるで衆議院が2つあるかのような状況で、かつ、衆議院より弱い権限しか持たない。これでは参議院不要論が出るのも致し方ないだろう。

米国の政治学者であるArend Lijphartは、アメリカやドイツのような連邦制でなく、(ほぼ)単一民族国家である日本においてはそもそも両院制を採用する意味がないと主張している。一方で、先進国の大半は両院制を採用しており、下院に対するカウンターパートとしての上院の役割を明確にし、そのための体制を整えている。二院制と参議院の在り方に関する小委員会調査報告書では、日本における二院制の維持について審議し、二院制を維持すべき理由として次を挙げている。

  • 国民の総意を慎重審議を通じ正確に反映し、また、一院の専断を抑制し、衆議院の審議を補完し、世論の帰着について判断を的確にすることを目的とする二院制の趣旨は今日においても適切妥当なもの
  • 一億人以上の有権者の多様な意思を反映するには二院制が望ましく、実際、世界の主要国も概ね二院制を採用し、世界全体としても二院制を採用する国が増加している。価値観が多様化し社会が複雑な日本においても民主政治を担保するために必要
  • 国民の意思を完全に代表する第一院の実現は不可能ないし著しく困難
  • 二院制が有するチェック・アンド・バランスの機能は、正に少数派の権利の確保・保障とも密接な関連がある
  • 一院制では議会を構成する多数政党がそのまま内閣を構成するため、行政府に対する立法府のチェックが弱まり、行政の肥大化、官僚制の弊害等が増えるおそれがある。二院制は立法府自体の権力分立に一定の役割を果たす
  • 時々の政治状況の中で解散のある衆議院と、解散がなく3年毎に必ず国民の意見が問われる参議院の二つの院で構成することは、第一院及び民意の暴走にブレーキをかけるという重要な意味がある
  • 一院で議論して終わりという場合は、よほど冷静な国民でないと、大混乱が起きる可能性が避けられない
  • 国論を二分する問題で参議院は大きな役割を果たしてきた。衆議院で審議した後、有権者の意識の変化を参議院がまた受け止めるという制度はどうしても必要
  • 地方自治体議会は一院制で問題はないとの意見があるが、外交や防衛などの議論を内政の延長で行うのは危険
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/shohokoku.htm

筆者も抑制均衡・良識・再考の府としての参議院の役割を否定する考えはない。一院制にすることによる意志決定の迅速化、コスト削減効果は確かに魅力的だが、高い専門性と倫理観から的確な助言を行う上院の存在意義は大きいと思う。しかし、残念なことに現状の参議院はとても上院とは言えず、劣化版の下院に過ぎない。そんな参議院に存在意義を見いだすことは困難だ。

憲法改正するならば、9条よりも何よりも、参議院をあるべき姿にするための改正が先決であると思う。先の報告書では、参議院改革の方向性として次が示されている。

  • 抑制均衡・良識・再考の府としての役割をはっきりさせるべき
  • 立法府では衆議院よりも参議院立憲主義の実現の一翼を担うべき
  • 一院ではできない、二院だからこそできるという論理を積み立て、二院間の役割及び機能分担を明らかにする
  • 今は政策決定にスピード・ダイナミズムが必要。衆議院と重複する議論より、衆議院とは視点を変えた議論と役割分担が求められている
  • 執行の院である衆議院に対して、決算や行政監視などチェックの院としての機能を強化することが必要
  • いかに熟慮の院にするかという観点から、衆議院との割り振りやルール作りが必要
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/shohokoku.htm

参議院衆議院劣化コピーから脱却し、抑制均衡・良識・再考の府として機能する日が一日も早く来ることを願いたい。