日韓の特殊事情に踏み込んだニューヨークタイムズWBC記事

WBC決勝は今までの不振を帳消しにするイチローの勝ち越しタイムリーにより、日本が韓国を5-3で破り大会2連覇を決めた。

破れた韓国は比較的冷静な対応を見せ、韓国メディアも自国の健闘を称える論調が支配的だったが、「運が良い日本」〜たった4カ国だけに勝って優勝?「“ダーティーサムライ”」「イチローは高慢」等、負け惜しみとも取れる日本批判を展開したものもあった。

日本国内の報道は、たとえ負けたとしても両国間の関係に配慮した大人しい論調になりがちだが、そういった遠慮が無い海外から見て、今回の日韓WBCはどう見えたのか、ニューヨークタイムズが比較的踏み込んだ記事"Japan Wins World Baseball Classic "を掲載している。

日本がWBCを制覇

By JACK CURRY
2009年3月24日

ロサンゼルス──日本と韓国に取ってWBCの決勝は、16チームからなるトーナメントの最終戦という意味以上のものだった。それはチャンスだった──嫌悪するライバルを黙らせ、世界一の称号を得る絶好のチャンスだったのだ。これは高慢な国が他方を激怒させる良い機会だった

10回までもつれ白熱した月曜の夜の韓国戦を制し、日本はWBC2連覇を達成し世界一の座に留まった。2013年に行われる次の大会までの間、日本は韓国とバットとボールを持つプレイヤーがいる全ての国を上回ったことを自慢することができる。

イチローは10回表2死の場面で林昌勇よりセンター前にタイムリーを放ち2者を生還させ、ドジャースタジアムから東京まで歓喜の渦を巻き起こした。しかしイチローはすぐには喜びを表さなかった。返球の間に2塁まで進んでも彼は無表情だった。イチローはタイムを宣告するために穏やかに手を上げただけだった。

日本代表の原辰徳監督は「イチローのセンター前(適時打)というのは生涯忘れないでしょう」と述べた。

日本は9回裏勝利まで残り1死のところまでこぎ着けたが、本来先発でありながら、決勝でクローザーを託されたダルビッシュ有は韓国を抑えることが出来なかった。ダルビッシュは2人の打者を四球で歩かせ、自分で自分を危険な状態に追い込み、ついに李机浩に3-3の同点に追いつかれるタイムリーを浴びた。

しかし白熱したゲームで誰よりも大きな声援を受けていたイチローは、日本チームに活を入れ、野球に熱中する国を喜ばせた。ダルビッシュは10回裏に再び韓国チームを黙らせるチャンスを与えられ、そして今度は0点に抑えた。ダルビッシュは三振でゲームを終え、勝ち投手となったが、それを救ったのはイチローだった。10回表のランナー2,3塁の場面で、韓国はイチローを歩かせなかったが、結果的にそれが敗因となった。

韓国金寅植監督は、ベンチは林昌勇に対して、敬遠ではなくても(ストライクではなく)ボール球を投げて、状況が良くなければ(四球で)歩かせろと伝えたが、林昌勇にはサインが伝わらなかったか、林昌勇が敬遠を拒否したと述べた。

「なぜ林昌勇がイチローと勝負したのか分からない」と金寅植監督は述べた。

イチローは韓国が塁が埋まるのを避けて勝負してきた事は意外ではなかったと如才なく述べたが、金寅植監督はイチローを歩かせなかったことが悔やまれると言った。運命の打席で、いつもは集中しているイチローはかなり心を乱していたという。

「本当は無の境地でいたかったが、めちゃくちゃいろんなことを考えていた。今(日本では)ごっつい視聴率だろうな、とかここで打ったらおれは(ツキを)持っているなあ、とか。そんなことを考えるとあまりいい結果が出ないものなのに、出た。ひとつの壁を越えたような気がしている」

最後にはイチローも喜びを爆発させた。最後のアウトを取った後、イチローは拳を上げ、ライトから駆け寄った。イチローは外野手3人で抱き合い、その後マウンドの輪に参加した。巨大な日の丸が三塁の後方に広げられ、チャンピオンを称えた。

アジア勢同士の対決となった決勝戦を見ると、他の地域も素晴らしい野球を魅せたが、この2チームは米国よりもより統制されたゲームをしたことが認められる。日本と韓国は共に制球力のある投手、洗練されアグレッシブなプレイヤーを擁したが、日本の方がより洗練され、よりアグレッシブで、より優れていた。

米国のシェーン・ビクトリーノは「彼らは実に、エラーのない、完璧な──完璧というべきだろう、彼らが出来る完璧な野球をした」と述べ、「それがゲームに勝つやり方さ」と結んだ。

WBCを制したことで、日本は270万ドルの賞金を得た。日本は別に2次ラウンドの1位突破により40万ドルを得ている。韓国は170万ドルに加え、1次ラウンド1位突破の30万ドルを得た。この17日間で日本と韓国は5回対戦した。日本は最後の最も重要なゲームを含めて、3勝を上げた。

韓国と日本のファンは、ピッチャーの1球ごとに張り合い、ドジャースタジアムを国際的な絶叫耐久会場へと変えた。54,846人のファンが声をからし、バット型風船を叩き、旗を振った。マニー・ラミレスはプレイオフで決勝ホームランを打つことができたが、日本が韓国に対峙した時ほど盛り上がりはしなかっただろう。

落差のあるフォークボールを投げる引き締まった右投げピッチャーの岩隈久志は、8回まで韓国打線を2点に抑え、3-2で日本がリードを保つ事に最も貢献した。6フィート3インチ169ポンドの岩隈はマウンドに立つと旗竿のように痩せて見える。韓国にとっては、岩隈はその夜のほとんどの場面で難攻不落のピッチャーであり続けた。

7回表に日本がセオリー通りのシンプルな方法で勝ち越すまでは試合は1-1の同点だった。日本はシングルヒットと、盗塁、イチローのセイフティーバント、中島裕之タイムリーヒットにより2-1と勝ち越した。8回表には岩村明憲が犠牲フライで追加点を上げ、3-1とリードを広げた。

8回裏、韓国は犠牲フライで1点を返し岩隈に一矢報いる。岩隈は昨シーズン日本の楽天イーグルスで21勝4敗、防御率1.87をマークし、サイ・ヤング賞に相当する賞を受けた。彼はダルビッシュが9回に韓国を抑えるのを失敗するまで勝ち投手の権利を有していた。

韓国チーム唯一のメジャーリーガーである秋信守は1-1の同点の5回岩隈からホームランを放った。秋信守はふくらはぎ近くのスライダーをすくい上げスタンドに叩き込んだ。しかし、この日の岩隈の失投はこの1球のみだった。小笠原道大は3回に先制点となるタイムリーを放った。

日本と韓国の間の対抗心は、ゲームにおいてどちらがより多くの点を入れるかと言うことよりも根深い問題だ。日本が韓国に侵攻し1910年に韓国を併合したことから、この二国間には永年の摩擦が存在する。日本人は1945年に第二次世界大戦が終了するまで韓国を去らなかった。

60年以上前に日本が去ったにも関わらず、当時の事を覚えていて自らの体験を語る韓国人が未だに存在する。この二国は関係を有しているが、友好的な親密さと言うよりは、嫌々ながらのつきあいと言える。

日本と韓国は次のWBCの再び対戦するまで4年待たなければならない。待っている期間は韓国人にとって疑うことなくより長く感じられる事だろう。一方日本人は今から次の対戦までの間毎日を満喫することが出来るだろう。彼らは自らを世界一と呼ぶことができるのだから。イチローは日本が世界一であることを確認したのだ。

Japan 5, South Korea 3 - Japan Wins World Baseball Classic - NYTimes.com

全体としては丁寧にWBC決勝の試合展開を報じており、若干誇張気味な印象はあるが*1両国間の特殊感情を馴染みのない米国の読者に分かるように紹介している。実際、日本でこれから4年間もWBCの事を引きずるとは思えないが(どうせ1ヶ月もすれば話題にも上らなくなる)、国内新聞が配慮により書かないことを赤裸々に書けばこうした記述になるのだろうか。腫れ物に触るような扱いでは、いつまで経っても現状を打破できない気がするが……。

*1:訳語の選び方にも影響を受けている可能性はあるので原文を参照願いたい。