Twitterは有料化したから非難されたのではない
Twitterが有料化された際に、多くの非難が寄せられたことは記憶に新しい。
全てが有料になった訳ではなく、有料で「有名人からのリプライ」のような、欲しい人にとってはたまらないオプションが買えるようになったみたいだが、『今まで遊べていた部分はそのまま無料で遊べるにも関わらず何故そんなに怒るのか?』と不思議に思う人も多いだろう。実際、ブクマコメントは秀逸な改変とする意見が多いようだ。
しかし、彼らは有料になったから文句を言っているわけでは決してないのだ*1。
彼らが怒った理由を知るためには仮想世界について少し考える必要がある。野島美保著『人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』は仮想世界におけるマーケティングに関する先駆的な研究成果をまとめた良書である*2。本書を参照しつつ、彼らを怒らせた本当の理由を探ってみたい。
仮想世界としてのTwitter
Twitterは一人で使うスタンドアロンのアプリではない。仮にTwitterがそうしたスタンドアロンアプリであれば、今回の有料化がここまで非難されることはなかったはずだ。
Twitterはソーシャルネットワーク的な性格を有するなアプリであり、他のユーザ(友人、知人など)とのフォロワー数の比較やコミュニケーションを行うアプリである。すなわちひとつの仮想世界を構成していると言える。
野島は仮想世界の生成条件として次の4条件を挙げている。
- 仮想世界内に目標を持つこと
- 仮想世界におけるアイデンティティが確立できること
- 仮想世界内に人間関係が構築されること
- 仮想世界にルールがあり、公平性が担保されること
まず仮想世界内における目標が必要となる。たとえばボスを倒すとか、レベルを上げるとか、仮想世界の外から見れば何の意味もない目標だが、仮想世界内に留まること自体が満足に繋がる強い動機となる。Twitterでは、自分のフォロワーを増やしたり、友人とTwitter戦闘力を競う等の目標が存在する。
第二にアイデンティティだが、仮想世界内を別の人格(アイデンティティ)として生きているような実感が得られることが重要である。オンラインゲームのユーザ調査からは「現実よりも仮想世界にいる方が自分らしい」という回答が目立って観察され、現実の自分を離れたより理想に近いアイデンティティの確立が重要であることが分かる。Twitterにおいてフォロワー数を増やし、他人から一目置かれる存在となる事は自尊心をくすぐるものだ。
第三の条件は人間関係の構築である。仮想世界において他人とのコミュニケーションが重要な要素となることは言うまでもない。Twitterはつぶやきという形で、他人とのゆるいコミュニケーションを行うツールである。第二、第三の要素は、Twitterの根幹を成す要素であると言えよう。
最後にもっとも重要なのが仮想世界のルールである。ユーザ調査によって明らかになったのは、世知辛い現実とは異なり、自分の活動や努力が正しく報われる「公平」な社会が強く求められるという事実だ。ルールはユーザの納得できるものでなくてはならず、そして現実よりも楽しいと感じられるものでなくてはならない。
有料化する前のTwitterは公平なルールによって守られた多くのユーザにとって居心地の良い理想的な仮想世界であったのだろう。有料化によって新たなルールが追加され、最後の要件である公平性を脅かす事態の発生が、ユーザを怒らせたのだ。
仮想世界の公平性
仮想世界のルールにおいては、「自分が投じた時間と労力に対して正当に報われている」とユーザが納得することが重要である。現実世界では幾ら努力してもなかなか報われないにもかかわらず、仮想世界ではより短期間に分かりやすい形で活動に対する正当な報酬が与えられる。報酬にはユーザが「運」と認識できる程度のランダム要素が付与され、ユーザ間の競争を適度に緩和される。単純化された活動と報酬の関係、報われる時間の早さが仮想世界の独自の魅力である。
また仮想世界では他のユーザとの関係性があるので、他のユーザとの比較においても不公平感があってはならない。ゲームには選択肢が不可欠だが、どの選択肢がベストかという不安が生まれる。選択肢によって一部のユーザだけが得をすると不公平感に繋がるため、短期的に多少の不公平や不均衡があったとしても、長期的に見れば皆等しく報われるといった設計がユーザからは求められるのだ*3。
実際、オンラインゲームのユーザ調査においてはこの公平性を求める声が大きい。ゲームの課金体制として「定額制」と「アイテム課金」の2種類があるが、「定額制」にはゲーム世界の公平性が保たれるという長所がある。また、こつこつと時間と手間をかけてゲームを遊ぶというプレイスタイルに適合すると言う利点もある。
一方、現実通貨で仮想アイテムを購入する「アイテム課金」に関しては「公平でない」という意見が大きい。仮想世界における財産や地位は、仮想世界内における努力の結果であるべきという意見である。現実世界の貧富の差が、仮想世界に持ち込まれることに対する強い拒否感の顕れだと言える。
50週以上に渡るウィットに富んだ回答を経てやっと得たざぶとん10枚の商品が木久蔵ラーメンだったらどう思うだろうか。活動に対する適切な報酬が期待できるからこそユーザは仮想世界で安心してプレイできるのであり、仮想世界の外の(仮想世界内のユーザが制御できない)要因により他のユーザが不当に高い報酬を得ることは公平性を著しく阻害するのである。
有料化によってTwitterが失ったもの
つぶやき課金の登場により、仮想世界内のルールがある日突然変更され、あるユーザが著しく有利になる状況が発生した。それまでのルールによって保たれていた公平性が一気に崩壊し、それが多くのユーザの不満を生んだのである。
574 2009年10月21日 22:46
フォロワーも増えてきて、今まで毎日頑張ってきたのに、RTとか赤ふぁぼとかがリアルマネー(本当のお金でクレジット決済して買える様になった)で買えるなんて最低だと思う。いつか有料化というか、こんな事になるのかとは思っていたけど、有料と無料ページを分けるとかしないと、無料で頑張ってやってきた人達のモチベーションは一気に下がると思います。
しかも、今まで無料だから落ちててもそんなに強く出れなかったけど、金払ってやり始める人はどう思うんだろう??より一層のサービス向上とシステムの徹底化を図らないと重クレーム必至ですね。
なんだかマジでつまらなくなってきた。
公平なルールの下存続してきた仮想世界が、ユーザが予期しないイベントにより一変してしまった。自分は何も悪いことをしたわけではないのに、人智の及ばない神の手がルールを変更し、自分が本来得られるはずだった報酬の価値を相対的に減じてしまったのだ。まさに天災とも言えるものであり、ユーザはそのやり場のない怒りを運営側に向けたのである。
以上述べたように、有料化によってTwitterは、多くの古参ユーザに親しまれてきた居心地の良い仮想世界を失ってしまった。仮想世界内の目標やアイデンティティを構成する大きな要因であるルールに手を加える場合は、公平性を阻害しないように充分な配慮が必要であることを今回の騒動は改めて示したと言える。仮想世界において公平性は、おそらく多くの人の感覚よりもずっと重要で、慎重に扱うべきものなのだ。
仮想世界をいじるときは慎重に。
ご注意
この文章は2009年11月の時点で、数ヶ月後に起こるであろう「twitter課金開始にまつわる地獄絵図的タイムライン」を予想して書かれたエントリに対するエントリを予想して書かれています。
本来蛇足な補足追記
このエントリは全体がネタなのですが、どうも気付かれていないようなので補足。
- 元ネタ
- アイテム販売を始めたmixiサンシャイン牧場のクレームがすごい - ぼくはまちちゃん! サンシャイン牧場の有料課金開始に対するユーザの非難を紹介。
- サンシャイン牧場は有料化したから非難されたのではない - A Successful Failure 前エントリ。本来はサンシャイン牧場に関する論理展開。
- 派生ネタ
- つぶやき販売を始めたtwitterのクレームがすごい - ついったーとHamachiya2 - はてなグループ::ついったー部 Twitterのつぶやき課金の登場ニュースにあわせて、前記エントリを改変。もっともらしいフィクション。
- Twitterは有料化したから非難されたのではない - A Successful Failure 本エントリ。元ネタにつきあって、やはり改変。無理矢理Twitterにあわせているので所々無理があります。
参考文献
- 作者: 野島美保
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2008/09/29
- メディア: 単行本
- 購入: 13人 クリック: 88回
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*1:いろいろなユーザがいるので、中にはどう見ても理不尽な理由で不平を言っているユーザも存在することは確かである。あくまで一般論の話であり、Twitterの事例を枕にユーザに受け入れられる仮想世界が存続する要件を整理することが本エントリの趣旨である。
*2:『人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』では、多くのオンラインゲームユーザへのアンケート結果の解析に基づく分析を行っており、仮想世界への定着率、収益率を改善する多くの示唆が得られる。形のないものを売って儲けようと思っている人(笑)にとって必読と言える。
*3:これは生ぬるいと感じる人もいるだろうが、ゲームはあくまで娯楽であり、現実世界のような理不尽さを誰も求めていないのである。仮想世界ぐらいは報われる世界であって欲しいと思うのは当然のことだろう。対価と引き替えに娯楽を提供するゲームはこの原則を破ってはならない。