SEDは世に出るのか?

SED開発スケジュールの遅延

年末に朝日新聞が報じているように、キヤノンは次世代の薄型ディスプレイSED (Surface-conduction Electron-emitter Display)の量産工場建設を白紙化することで検討しているという。原因は関連技術を持つ米社との特許訴訟が難航しているためだが、SEDの実用化スケジュールは当初予定から遅れに遅れている。

  1. 1999年06月:「2002年に月産5万台を目指す」
  2. 2002年06月:「2003年春に実用化し、2003年内に商品化する」
  3. 2003年12月:「2004年中にも製品化する」
  4. 2004年12月:「販売開始は2005年後半を予定」
  5. 2005年05月:「2005年度中、2006年春に最終製品の市場投入を目標」
  6. 2005年09月:発売時期は「2006年前半」
  7. 2006年01月:キヤノンの次世代テレビ、発売初夏にずれ込み
  8. 2006年02月:東芝、SEDの今春発売を来年に延期か
  9. 2006年03月:「2006年中のSEDテレビの発売には反対」,東芝の藤井常務
  10. 2006年03月:<キヤノン社長>SED使用のテレビ事業「やめない」
  11. 2006年05月:「SEDテレビの販売開始は2007年度第4四半期(=2008年1〜3月)」
  12. 2006年09月:2007年後半は55型のみ、本格量産は2008年から
  13. 2006年12月:製品化しても一般への販売は厳しい
  14. 2006年12月:キヤノン、SED新工場白紙へ 米社との特許訴訟もつれ

東芝キヤノンがもたついている間に、液晶ディスプレイおよびプラズマディスプレイの高画質化と低価格化が進み、仮にSEDを市場に投入したとしても普及しないのではないかという悲観的なシナリオが現実味を帯び始めてきた。

液晶とプラズマの両陣営の比較においても、液晶陣営の研究開発費総額がプラズマ陣営のそれを大きく凌駕することから、液晶ディスプレイの性能向上と価格低下がプラズマに比べてきわめて速い速度で進行しており、液晶優位が明確になってきた。ソニー、シャープが大画面の液晶テレビを相次いで投入した結果、大画面テレビにおけるプラズマのシェアは低下し、年末商戦では初の前年割れをおこした。プラズマでさえ液晶に押されている状況で、コスト高のSEDが出て行って果たして勝負になるのだろうか?SEDのコストに見合うだけのメリットを消費者に伝えられるだろうか?

SEDのメリット検証(対液晶)

SEDのメリットは高画質ということに尽きるのでそれぞれ項目ごとに見ていくことにしよう。

コントラスト

SEDコントラスト性能は10万対1であり、現行の液晶の2000対1を大きく上回る。しかし、シャープは昨年のCEATECコントラスト比100万対1のメガコントラスト液晶を発表しており、もはやSEDの専売特許ではなくなったといえる。

高速応答性

液晶の弱点のひとつに応答速度の遅さがありしばしば残像が問題となる。従来黒挿入などの技術を利用して残像感の低減が図られてきたが、ビクターが業界に先駆けて秒間120コマの描写を行う120Hz倍速駆動の実用化に成功している。シャープもまもなく同様の技術をAQUOSに投入する見込みであり、液晶の残像感は大幅に改善される。SEDの優位性は以前ほどはなくなるといえるだろう。

色再現性

SEDの色再現はいままでのディスプレイを凌駕するレベルであるといわれる。液晶の色再現性の向上に関しては、広色域バックライトシステム4波長バックライトなど多くの方式が導入されてきたが、さらに現行RGB3色のカラーフィルタを5色ないし6色に増加させる多色カラーフィルタの商品への応用が間近だ。このあたり、プリンタのインクの色数が増えていったのとまったく同じ理屈である。シャープの亀山第二工場にはセイコーエプソンのインクジェット装置が導入され、カラーフィルタがインクジェット技術を使って形成されている。従来の方法ではカラーフィルタの多色化は困難であったが、このインクジェット手法を用いることにより、比較的容易にカラーフィルタの多色化を実現できると考えられる。液晶の色再現性はNTSC比100%を優に超えるレベルにあり、この部分においてもSEDの優位性は薄れてきていると言える。

高精細性

SEDフルHDの描画能力を持つが、この点は(スペック上は)液晶の方が優れている。シャープは昨年のCEATECにおいて現行のフルHDの4倍の解像度をもつ4K2Kの液晶テレビを発表している。これが単なる技術デモンストレーションでないことは、同等のパネルを用いた32型フルHDAQUOS Gシリーズが発売されたことからも明らかである。SEDの解像度は液晶のそれと直接比較すべきでない値であるとも考えられるが、消費者にとってわかりやすい解像度という指標はひとつのキーとなる可能性がある。

液晶の次の手

フルHD解像度を早期に実現できたことが現在の液晶の優位性に結びついていることに異論がある人はいないだろう。たとえ松下が主張するように理論的には50型以下にフルHDは不要であったとしても、消費者へのアピールポイントとしてフルHDというスペックは非常に有効に作用した。液晶陣営がこの経験を生かすとするならば、フルHD以上に解像度を向上させる方向性が見えてくる。

ソニーPS3の発売に先駆けて、かなり苦労してHDMI1.3の標準化を推進した。HDMI1.3においては、1920×1080ピクセルを大きく上回る2560×1600ピクセル(WQXGA)までがカバーされる。こうした高解像度をサポートすることに対して、プラズマ陣営の松下が嫌がったことは想像に難くないが、プラズマとの差別化を図り、一気に液晶を推し進めようとするソニーの思惑が透けて見える。

残念ながら現状ではフルHDを超える解像度のコンテンツがないという問題がある。しかし、前後の数フレームを用いて補間処理を行うことで、解像度を向上させる超解像処理 (super-resolution processing)と呼ばれる技術が存在する。たとえばTech-On!が報じたところによれば、米MotionDSPは、低解像度の動画の解像度や品位を高めるテクノロジー「Ikena」を発表した(プレスリリース)。映像のフレーム1枚について,前後5〜10枚のフレームの情報を参照することで,画像の細部を再構成できる。同社による映像比較サイトを見るとその効果は一目瞭然だ。これをテレビに応用するためにはリアルタイム処理が行えなければならないという大きな課題があり、テレビへの応用はまだしばらく先のことになるだろう。

しかしながら、ソニーSD/HD映像を高画質化するビデオコンバージョンユニット「クリエーション・ボックス(Q001-CB01)」をすでに商品化しており、フルHDを超える解像度を無駄にしない程度の高画質化はさほど困難ではないと考えられる。PC用ディスプレイで一般的なスムージング処理を応用するだけでもそれなりの見栄えになるかもしれない。また、静止画でよいのであれば、高解像度デジカメ写真を高品質で表示可能なディスプレイは訴求効果があるだろうし、PCモニタとの共用を考えれば解像度は高いほうが良いので、たとえテレビコンテンツが利用できなくても高解像度は無駄にはならない上、定量的な指標で特長をユーザに訴えることが出来ると言う大きな利点がある。今後数年のうちに、液晶陣営からフルHDを超えるスーパーHD解像度を持つテレビが投入される可能性は高い(そしてシャープあたりがまたスーパフルスペックHDとか適当な名前をつけて売り出す)。そのときにSEDは追随できるのだろうか。解像度という目に見える数値で他に劣るのは避けたいところだ。

市場投入が遅れるに従い下がるSEDの優位性

SEDに関する情報がほとんど公開されていないことから、液晶の高画質化技術まとめのような感じとなってしまったが、液晶は世界中の多くのベンダが多額の研究開発投資を行い、未だ日進月歩で進化しているデバイスである。世界の薄型テレビの研究開発費のうち、約80%は液晶パネルに割り当てられ、残りの20%がプラズマやSEDなど、そのほかの技術に当てられているという。液晶はSEDやプラズマに対して性能的に劣っているかもしれないが、液晶パネル陣営は全体の規模が大きいため、どんな欠点であれ時機を逃さずに克服できるのだ。SEDの市場投入が遅れれば遅れるほど、SEDの優位性は日ごと薄れていくのが現状だ。かかる状況下において、SEDへの莫大な投資に見合う利益を得ることができるのか、キヤノン東芝の苦悩は深そうだ。