アクセルとブレーキを間違えたぐらいで暴走する車が悪い

毎日新聞の報道によれば、83歳の女性の運転する乗用車が急発進し、若い女性を轢き殺した事故が発生したという。

調べでは、小林さんは知人の見舞いの後、帰宅するため駐車場からバックで車を出そうとして、ギア操作を誤ったとみられる。車は公園との境にあった木1本を押し倒し、約40センチ下にある公園に進入。車は約5メートル離れたベンチに背を向けて座っていた新田さんをはね、さらに約5メートル先の立ち木に衝突して停車した。

 新田さんは同病院でカルテ整理を担当しており、昼食のため1人でベンチに座っていた。小林さんは調べに「車が前進したのでパニックになり、ブレーキではなくアクセルを踏んでしまった」と話しているという。

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070429k0000m040048000c.html

この件に関し、運転者が83歳と高齢の女性であったことから、高齢者に対する高頻度の運転適性検査を義務づけるべきだという意見や、そもそも高齢者からは免許を剥奪すべしという強硬論などが出ている。一方で、高齢者が車を運転せざるを得ないような社会基盤が悪いという意見もあり、どちらの意見ももっともだと思う。運転能力の無い人には高齢者に限らず免許を与えるべきではないし、代替となる移動手段を与えなければならない。双方の対策が必要となるだろう。

さらにもう一つ必要な対策は、運転ミスが生じるような車の操縦機構の問題だ。件の女性は、バックするつもりが前進したため、パニックになってブレーキとアクセルを間違えるというミスを犯している。ミスが2度重なって生じた事故だが、これを防げない車の設計にも問題がある。

信頼性設計のひとつであるフェイルセーフ設計(Fail safe design)はよく知られている。フェイルセーフ設計とは、機械は故障するものであるという前提に立脚し、故障が発生した場合でも安全側にその機能が作用するようにする設計である。

安全側という概念を理解するために、ランプが1つだけしかない信号機を考える。仮にそのような信号機を設計しなければならない時、赤と青とどちらのランプを1つだけもった信号機を設計するだろうか。この場合、設計者は必ず青だけの信号機を作る

仮に赤だけの信号機があるとしよう。赤が点灯している時は止まれで、消灯しているならば進んでいい。万が一ランプが切れた場合、利用者は信号は青だと思って進んでしまう。本当は赤でなければならない時にこの故障が生じると、交通事故が発生する恐れがあるのだ。一方、青だけの信号機ならば、万が一ランプが切れた場合であっても、その状態は止まれを示すので、利用者は止まる。仮に信号機が故障した場合でも、安全側に倒れるため交通事故の発生を未然に防ぐことが出来るのだ。これがフェイルセーフ設計という概念で、原子力発電所や航空機制御などのクリティカルな機構はもとより、あらゆる機械設計の原則である。

このフェイルセーフ設計の考え方に基づけば、人間はパニックを起こすものという前提に立って、パニックを起こした場合にも安全側に働くように、自動車の制御系を設計しなければならない。特に人間の誤った操作による事故を防ぐフェイルセーフ設計をフールプルーフ設計(fool-proof design)と呼ぶ。

今回の事故の状況に合わせば、アクセルとブレーキを間違えることがそもそも出来ないようなインタフェースにするか、あるいはパニック状態における操作はすべてキャンセルし、車を強制的に止めるという制御が可能だ。パニックを起こしているかどうかは運転者の脈拍、呼吸数などから知ることが出来るので、将来的にはそれらをモニタし、危険域に達した時には自動的にブレーキがかかるような制御を入れることが出来るだろう。

しかし、そんな複雑な機能を入れなくても、ブレーキあるいはアクセルの踏まれる加速度を検出し、加速度がある閾値を超えた場合は、踏まれたのがアクセルであってもブレーキであっても、急ブレーキがかかるという機構を導入すればよいのではないか。車の運転において、急ブレーキをすることはあっても急アクセルが必要とされることは滅多にない。だとするならば、急にすごい力でペダルが踏まれた場合には、安全側に車を止めるという制御があってもよい。こうした制御を導入すれば、アクセルとブレーキの踏み違いに起因する事故は減らせるのではないかと思う。

もちろん、実際に検証したわけではないので、この方法がうまくいくかは分からない。高速道路への合流時にアクセルを踏み込んだら車が止まったというのでは逆に事故が生じてしまう可能性もある。結局は運転手のモニタリングが不可欠なのかも知れない。

いずれにせよ、ヒューマンエラーで車が暴走するというのは、暴走を許容するような設計が悪いのだ。何十年も前からアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故が多発しているのに、未だその対策がなされないというのはメーカ側の怠慢と言われても仕方がない。日々各メーカーはより安全な車を目指して研究開発を進めているはずだが、仮にヒューマンエラーが生じたとしても、安全に止まるような車の早急な投入をメーカーには期待したい。もう21世紀なのだから。