どんな責任からも逃れることができるのです。

唖然とした。

所信表明演説からわずか2日後の9月12日、安倍首相は突然辞意を表明、政局が大混乱に陥った。もう既に語り尽くされていることだが、辞めるのならば参院選直後のほうがずっと理に適っており、内閣改造をやって、所信表明演説をして、その直後の辞意表明は意味が分からない。与党にも混乱が広がっているようで、安倍内閣は戦後の内閣において最も不可解な幕引きを迎えたと言えるだろう。

安倍首相は自衛隊によるインド洋における給油活動の継続に「職を賭して」取り組むことを表明していた。これを聞いたときに、なぜそんなことに職を賭す必要があるのか理解ができなかった。給油活動の継続は参院選の論点の一つではあるが、重要視されているとは言い難い。8日には民主党の小沢党首が米大使と会談、米大使の給油継続の要請を、米国を中心とした活動は、直接的に国連安全保障理事会からオーソライズされていないと拒否し、継続への反対を表明し俄にクローズアップされてきた感じだ。それでも発足直後の内閣がこんなことで職を賭していては、とても長期政権など望めない。この程度の案件はごろごろしている。

このときには、給油活動の継続問題は、国内ではさほど重要視されていないが、国際関係上はこれからの日本の浮沈を左右するような大きな意味を持つ問題なのかも知れないと勝手に解釈していた。テロ対策に一致団結して取り組む国際社会に継続してコミットすることが、(我々が考えているよりもずっと)日本の安全保障上重要だと判断に足る情報があって、内閣と国民の間で情報格差に起因する温度差があるのだろうと。もしかすると情報自体は与えられているのかもしれないが、その受け取り方に差異があるのかもしれないと考えていた。

ところが、突然の辞意表明である。辞意表明を聞くと、先の職を賭すという発言は破れかぶれ的な面があったのかと思えてしまう。全く思い通りに動かない政局を前にして、放り出したくなったのだろうか。参院選の惨敗後、自分を鼓舞して今日までこぎ着けたが、次々と浮かび上がる問題に安倍首相のモチベーションは下降を続け、とうとう折れてしまったのだろうか。辞任の一因として健康不安説も流れているが、内閣総理大臣の重責は、やる気をなくした安倍首相の心身からエネルギーを急速に奪っていったのだろう。嫌々仕事を続けていれば、健康に問題が出るのは道理だ。

田原総一朗の政財界「ここだけの話」『なぜ国会を投げ出したのか 安倍首相辞任の舞台裏』では、対小沢のカードを失ったことが安倍首相の気力を失わせた原因であると推測されており、安倍首相の印象から言っても納得できる理由ではある。何をやっても上手くいきそうもないし、周りはみんな敵とくれば、放り出したくもなるだろう。

一方で、立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」『政界を大混乱に巻き込んだ安倍首相電撃辞任の真相』には、週刊現代で今週末発売予定だった安倍首相自身の脱税スキャンダルが直接の引き金になったのではないかと指摘されている。父の安倍晋太郎氏から安部首相への資産相続の際に、晋太郎氏が資産を自らの政治団体に寄付する形にすることで、3億円もの相続税を脱税していたという。週刊現代はこの問題に対して安倍事務所に真偽確認と理由釈明の問い合わせ書簡を送り、その回答期限が辞意表明の12日だったというので、タイミング的にも符合する。こうした問題に心身をすり減らすことに嫌気がさしたのだろう。

安倍首相の突然の辞任がもたらしたたった一つの功績は、いざとなればどんな仕事でも逃げることができるということを示したことだろう。内閣総理大臣の職さえ、後任に押しつけて辞めることができるのだから、一般人が行っている会社の仕事なんて、二進も三進もいかなくなればケツまくって逃げれば良いということを、明確に示した。

ま、安倍首相には仕事を辞めても食べていけるだけの財産があって、我々は仕事を辞めれば路頭に迷うという違いがあるわけだが。