ニコニコ大会議が浮き彫りにしたニコニコ動画の実世界拡張における課題

7月4日に開催されたニコニコ大会議2008 〜日本の夏、ニコニコの夏〜は大盛況だったようだが、ここではリアルタイムで1万人のユーザに対して動画が配信され、普段のニコニコ動画と同じように誰もがコメントを入れられるようになっていた。そこで、実世界への拡張においての課題がクローズアップされている。

ニコニコ大会議おもしろかったけど質疑応答時、質問者を画面に映してその容貌がニコ厨から集中砲火されてる(そして質問者がそれをリアルタイムで見る)の見て気持ち悪くなった。トラウマになるよあれ。「それがネットの面白さだから」で済ませられるならネットなんて早くなくなってしまえと思う。

Twitter/津田大介

友人がニコニコ大会議に行って来たの話 - SPOTWRITE「ニコニコ現実」のプロトタイプとしての「ニコニコ大会議2008」 - 濱野智史の個人ウェブサイト@hatenaにおいて課題が整理され、ハゲのおっさんから一言において実際に会場で10000人+2000人の前で「おっさん」「ハゲ」呼ばわりされた人(自称)からの感想がアップされている。当事者はポジティブに状況を楽しんだようだようだが、筆者にはこの状況はとても怖く感じられた。相手に対する配慮が欠如したメッセージがリアルタイムで共有されるコミュニケーションは果たして正しい姿なのだろうか?

別に新しく無いニコニコ大会議

まず、今回のニコニコ大会議の試みは新しいものではない

何らかの発表に対して参加者がチャットによってコメントを付加すると言うシステムはニコニコ大会議が最初ではない。実際、インタラクションに関する日本で最もアクティブなワークショップであるWISSでは実に10年以上前の1997年より、発表スライドの横にリアルタイムチャット画面を投影して研究発表を進めるインタラクティブなセッションを続けている。

チャット上では、発表中にリアルタイムで聴衆からの疑問が投げ掛けられたり、論文の共著者がそれに答えたり、聴衆同士の議論が繰り広げられたりしている。手慣れた発表者であれば、チャットで投げ掛けられた疑問に対して、発表しながら反応することもある。今回のニコニコ大会議でも、会場の質問者がコメントに押される形でMADの扱いについて質問をしたりすることがあったようだが、似たようなことは10年も前から行われていたのだ。SONY CSLの綾塚氏はそれで論文まで書いている(右図は本論文より引用)。

効果については次のようにまとめられている。

このような環境下で,聴衆は積極的に発表に対する議論に参加し,それに刺激された独自の考えを練ることができる.3 日間の泊まり込み形式の学会で,夜中(もしくは明け方) までお酒を飲みつつ議論・歓談している参加者も多いにも係わらず昼間のセッション中に寝てしまう人が少ないというのも効果の一つである.また発表者のほうも,(リアルタイムに,もしくは後からチャットのログを見たりすることにより) 自分の発表に対する聴衆の反応を知ることができ,研究内容や発表のやり方自体を深めることにつなげられる.発表の手際が悪いとチャットのほうが独自に盛り上がりやすいという傾向が見られるなどシビアな面もあり,これほど発表者が鍛えられる学会というのも他にないであろう.これらのシステムがWISS の3 日間をより活発で密度の濃いものにしているのは間違いない.

このシステムは発表者及び参加者にとって有用なものであると認識され、WISSの発表スタイルとして完全に定着している。WISSでは、発表に利用するチャットシステムが毎年公募されており、次々と新たな機能が追加されている。ニコニコ大会議が用いたフレームは10年以上にわたり有用性が確認されてきたものであり、それがセッションをよりインタラクティブで実りあるモノにすること自体は間違いないが、果たして、ニコニコ大会議はWISSに比べて上手くそのフレームを活用できたと言えるのだろうか?

WISSとニコニコ大会議の比較

なぜニコニコ大会議では、対象者の容姿を嘲笑するような心ないコメントが出現し、WISSでは出ないのか。

WISSでは参加者は大学関係者が大半であり、投稿はハンドルネームが使われるが多くの場合個人の特定が可能な名前となっている。当然のことだが、ニコニコ大会議で見られたような心ない誹謗中傷がチャットに掲載されることはなく、多くの場合有益な議論が展開される*1。誰もが参加できるニコニコ大会議と異なり、大学関係者で占められるWISSの方が参加者のレベルが有意に高いということも一因であるかも知れない。

しかし、最大の原因は参加者の意識の違いである。WISSの参加者はそのセッションにおいて自分の研究に対する有意な情報を得ようとしており、そのために他の参加者に情報を提供する貢献を行うことを厭わない。セッションはゲーム理論で言う非ゼロ和ゲームであり、誰かが得をしたからと言って、その分誰かが損をしなければならないと言うことは無い。セッションでWin-Winの関係を構築できるのだ。

ところが、ニコニコ大会議にオンラインで参加し、心ないコメントをした人物はどうか。彼らはほとんど一方的に成果を受け取る受益者、言葉を換えれば搾取者に過ぎない。彼らが何らかの貢献*2をしようがしまいが、受け取れるメリットには変化は生じない。アーキテクチャ的に、オンライン参加者は発表者に対し極めて優位な位置に置かれる。一方的に搾取するだけなのだから、上から目線になるのも仕方ないところだろう。オンライン参加者にとって、リアルタイム発表風景の動画は単なるコンテンツに過ぎず、一緒になってセッションを成功させようという気概もなく、参加しているという意識が希薄になってしまっているのではないか。

まとめ

つまり、ニコニコ動画アーキテクチャを実世界のコミュニケーションに適用することにおいては、そのアーキテクチャが強制するユーザの間パワーバランスに留意する必要がある。非匿名で参加者が限定された特定少数のコミュニティにおいては、Win-Winの関係を築こうという意向が働くが、匿名で不特定多数のコミュニティになればなるほど、搾取者側が傍若無人な行動を行う蓋然性が高くなる。

そのため、現時点においてはニコニコ動画アーキテクチャを、少なくとも素人が出る様な舞台において不特定多数が利用できるようにはすべきでない*3。一方、特定少数であり、参加者全員がセッションをよりよいモノにしていこうという高い意識を持つようなセッションならば、ニコニコ動画アーキテクチャは極めて有効に機能する。

また、より多人数にこのアーキテクチャを採用するためには、パワーバランスを是正する仕組みを作る必要がある。それはたとえば、有用でない誹謗中傷などのコメントを行った参加者がペナルティを課せられる枠組みであったり、オンライン参加者がよりアクティブにセッションに関与できる、可能ならば発表者としてコメントされる側に立場を入れ替わる枠組みであったり、会場側からオンライン参加者に対して逆にフィードバックされる枠組みであったり、とにかく、誹謗中傷が自らのためにならず、Win-Winの関係を作っていこうと参加者全員に思わせるような支援が必要になる。

このあたり、WISSを含む研究会の今後の研究成果に期待したい*4

*1:ただし、最も大きい声は早くデモを見せろと言うリクエストであったりする。そのため、WISSにおいては、まずデモを見せてそのあと細かい論考を行うような発表形式が好まれる。

*2:たとえば、みんなが疑問に思うであろう質問を提示するなど、ニコニコ大会議のメリットとして挙げられる現象。

*3:人に見られて批評されることが仕事であるプロは別である。

*4:はてなにおいてもWISS関係者の影は薄い。研究領域と重なるにも関わらず、ホットエントリに出てくることはほとんど無い。残念ながら多くの研究者はmixiを使って仲間内でのみアイデアの議論を行う。一方的な搾取者とのコミュニケーションに価値を見出していないからだろう。はてブのスパムコメントの問題と根は同じだ。