誰にでも当てはまる『彼女がいない人の特徴』

2チャンネルの有名コピペに『彼女がいない人の特徴』というものがある。以下に全文を引用する。

大抵、表面的にはいい人を気取っている割に、実は、面倒なことやリスクから逃げて、自分が必死になりたくないだけで、自分の限界や実力が露呈することを恐れて、自分を取り繕うことだけを考えている。

自分から女に話しかけたり誘いをかけるわけでもなく、待っているだけの態度で、同性にすら、自分が仏頂面をしていても優しく扱われることを一人で期待していて、グループ行動ができず、かといって一人でも、一匹狼ではなく群れからはぐれた羊。

自分から企画をしたり、決断をするわけでもなく、すべて人に任せるだけで、問題が起きれば、自分は関係ない顔をして逃げたり、迷惑そうないやな顔をするだけで、当然ながら仲間からの信頼がゼロに近く、そういう評判にも敏感な女からは敬遠される。

当事者として経験を積むことがなく、年齢の割には顔つきが非常に幼く、そのくせ、ろくな運動や食事をしていないのか、肌や体つきがかなり老けていて、そのアンバランスさが全体的にエイリアンっぽくて、童貞の匂いがプンプンしてくる。

会話の内容が、テレビやネットを通じた他人の話ばかりで、行動力のなさが窺え、知識自慢で相手を退屈させ、相手の話には必ず否定的な説教をして自分を偉く見せ、話を膨らませるより遮断させることが得意で、ネガティブなオーラが顔をますます暗くする。

筆者にとっては、思わずプロフィール欄にそのまま貼り付けようかと思うほどだ。あまりに自分に当てはまるので、意気消沈している人もいるかも知れない。しかし、十把一絡に彼女のいない人は上記のような特徴を持っていると決め付けて良いかというと、そういうわけにはいかない。平成17年国勢調査によれば、20代後半の男性の71.4%、30代前半の男性の47.1%が未婚であり、この数値は30代後半になっても30.0%までしか下がらない。とすると少なく見積もっても同世代の1〜2割程度は彼女がいないと推定される。この層は上記特徴に当てはまると言えるのだろうか?

血液型性格診断に代表される、統計学的に有意な相関が認められないにも関わらず、世間一般に広く信じられている疑似科学のカテゴライズには、次の2つの手法が多用される。ひとつは確証バイアス (confirmation bias)であり、もうひとつはマルチプルアウト (multiple out)である。

確証バイアスは社会心理学における用語で、個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象である。上記コピペを読んだときに、自分の周りにいるもてそうにない人を思い浮かべ、当てはまるか考えなかっただろうか。そのときに、すべての項目については判断がつかないので、わからない項目については飛ばして全体としては当てはまっていそうだと判断しなかっただろうか。当てはまると考えた後は、先ほど判断を保留した項目についても、なんとなく当てはまってそうだと、該当しそうなエピソードを検索しなかっただろうか。人は、一度推論が正しいと仮定すると、それを補強する材料のみに目が行き、それを否定する材料を無視する傾向がある。周囲の信頼が厚いのに彼女がいない人は、最初から適合性判断の対象外となってしまう(もてそうもない人の想定から外れる)。

読者に当てはまっているかなと思わせる確証バイアスの最初のトリガはマルチプルアウトによって作られる。マルチプルアウトとはどのようにでも解釈できる曖昧な言い方のことを指し、典型例としてはノストラダムスの大予言が挙げられる。上記のコピペに使われている性格を描写する言葉、『いい人を気取る』、『面倒やリスクから逃げる』、『自分を取り繕う』、『やさしく扱われることを期待する』、『企画や決断をしない』、『行動力がない』、などは非常に漠然としたあいまいな言葉であり、誰であれ多少なりともこうした傾向は持っているはずだ。このようなマルチプルアウトなキーワードを複数並べ、読者に当てはまると一旦思わせれば、後は確証バイアスによって勝手に補強されるというわけだ。このように、誰にでも該当するようなあいまいで一般的な性格をあらわす記述を、自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象はバーナム効果 (Barnum effect)と呼ばれる。

簡単にバーナム効果を体験できる究極の血液型心理検査を訪れてみてほしい。簡単なアンケートと血液型を答えるだけで、性格の解析結果が記載される。常時9割以上の人が当たっていると答えるが、実は解析結果はランダム表示なのだ。占い師の性格判断もまさに同じ原理である。占い師等の詐欺師の手口に関しては、イカサマ霊能師やインチキ占い師の手口まとめ - A Successful Failureにまとめてあるので参照願いたい。

さて、上記を踏まえてもまだやはり当てはまると考える人もいるだろう。上記コピペの秀逸なところは、「彼女がいない」という事実から演繹的に導かれる「対人コミュニケーションが苦手、奥手」という特徴をベースに記述しているということにある。2段落目「グループ行動ができない」、5段落目「行動力がない」という点は、「対人コミュニケーションが苦手」という事を繰り返しているに過ぎない。1段落目、3段落目の「迷惑を避ける」という形質は普遍的な性格であり、彼女がいない人に特徴的であるとは言えないと思うが、彼女との交際を通じて、相手の機嫌をとるためにさまざまな労力が必要であるという経験を積まないとなかなか獲得できない大人の円熟した対応とも言え、やはり対人コミュニケーション能力に関係する。4段落目は多少異質で、むしろ2ちゃんねるコピペによく見られる嘲笑目的と考えたほうがよいだろう(他の段落にもちりばめられているが)。要するに、彼女がいない人にありがちな普遍的特徴をベースに、マルチプルアウトな記述を並べ、確証バイアスによりさも自分に適合しているかのように読者に錯覚させるテクニックが活用されているのだ。

そんなわけで、統計学的な根拠も示さず、ただ単にそれっぽい記述だけがなされているカテゴライズには、眉につばをつけて対応したほうが良い。