地球温暖化の進行は太陽光反射鏡の完成を待ってはくれない

太陽光反射鏡による入射エネルギー削減

アーサー・C・クラーク3001年終局への旅 (ハヤカワ文庫SF)では、地球の半分を放熱板で覆うことでようやく地球温暖化の進行を食い止めた描写があったが、産経新聞が報じたところによれば、米国政府は、宇宙空間に浮かべた鏡で太陽光を反射する温暖化対策の研究を国連の報告書に盛り込むよう提案すると言う。試算では入射する太陽光の1%も反射すれば産業革命以来出してきた温室効果ガスの効果を十分相殺すると言う。

Freeman John Dysonが提唱したダイソン・スフィア(Dyson Sphere)は、恒星のエネルギーを無駄なく利用するため、恒星を卵の殻のように覆ってしまうアイデアだ。高度に発達した知的生命体がダイソン・スフィアを形成してるとするならば、廃熱として放出される赤外線を探知することが適切であるとの考えから、SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)において、赤外線放射の探知が行われることがあるが、人類の現状は、エネルギーを無駄なく利用するどころか、入射するエネルギーを何とか減少させようと努力する有様だ。Kardashev scaleのType Iも人類にはまだ先の話のようだ。

太陽光反射鏡の実現プロセス

地球温暖化対策として太陽光反射鏡を実現する場合、そのプロセスはどのようになるのだろうか。地球の投影面積が1.28x1014m2、その1%の面積を覆う薄膜反射鏡は厚さ0.1μm程度の薄膜にアルミニウムを蒸着させたものを想定すると面積密度が20gr/m2程度となる(現在入手可能なアルミニウム蒸着マイラーはまだ1桁重い)。すなわち、薄膜反射鏡の総質量はおよそ1千万トンのオーダとなる。設置場所は、太陽光圧とつりあうようにラグランジュ点(Lagrangian point)L1の少し向こう側となる。

1千万トンのペイロードラグランジュ点L1まで運ぶとなると、地球の重力井戸の底からロケットで打ち上げていたのでは到底割に合わない。仮に現在の1kgのペイロードあたり数千ドルというコストで計算すると、1千万トンでは数10〜100兆ドルのオーダとなる。アメリカのGDPの数年分が費やされる計算になる。もちろん、打ち上げ回数が増えるに従いコストは劇的に下がるだろうが、ペイするとは思えない。

実際には、重力の小さい月面基地からマスドライバ(Mass driver)でL1までペイロードを投射する方法が採用されるだろう。幸い月のレゴリスの主要鉱石である輝石、斜長石、カンラン石、チタン鉄鉱は、鉄、アルミニウム、チタンなどの金属元素を含んでおり、材料は月面を採掘することによって得ることができる。マスドライバにより射出されたペイロードはL1に予め配置されたマスキャッチャーによって捕獲され、現地で組み立てられて、最終的に地球の投影面積の1%の大きさの巨大な薄膜反射鏡が展開されることになる。入射光の1%を遮蔽する薄膜反射鏡は、地球への照射エネルギーを削減し、温暖化の進行を食い止めることができるだろう。豊富な太陽エネルギーにより発電し、それを地球に送電することも出来るかもしれない。温暖化を防止するとともに、エネルギー問題を一気に解決するまさに夢のプランである。

急速な地球温暖化の進行

一方、地球温暖化の進行は、人類が薄膜反射鏡をラグランジュ点に設置するまで(数十年?)、悠長に待ってはくれないようだ。2月1日、パリにおいてIPCC第4次評価報告書第1作業部会が終了し、それをうけて環境省科学者からの国民への緊急メッセージを出している。

それによれば、過去100年での地上平均気温の上昇が0.74℃であり、1850年以降の温暖な年上位12年のうちの11年がここ12年に生じており、このことから地球温暖化が年々加速していることが明らかになった。また、海面水位は20世紀中に約17cm上昇しており、北極海の海氷面積の急速な減少も報告されている。これらの状況は人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高く、このままの状況が継続するならば、今世紀末には平均気温が4.0℃(2.4〜6.4℃)上昇すると見込まれている。地球上の各地の生態系は、こうした急激な変化に順応することができず、死滅のリスクにさらされる生物種が増える大規模な水不足、農業への打撃、感染症の増加、自然災害の激化など様々な悪影響が複合的に生じるおそれが強い。このような事態は人類生存の危機であり、そうした未来を子どもたちに残してはいけない。

まとめ

このように温暖化は当初の想定を越えるペースで進行中であり、今有効な対策を取らないと、人類の存続が危うくなる事態に至っている。この危機的状況において、まだ基礎研究レベルの太陽光反射鏡というアイデアを当てにすることが果たして賢いやり方だろうか。もはや、温暖化の原因が温室効果ガスの増加によるものという科学的知見の不十分さを根拠に、温室効果ガス削減への取組みを先延ばしにしていてよい状況ではない*1温室効果ガスの排出レベルを削減し、低炭素社会へ移行するための取組みが不可欠である

世界の指導者が、温暖化対策の必要性を十分認識し、持続可能な社会の実現に向けて、有効な対策を推進することを期待したい。日本がその過程でリーダーシップを取り、他国を導いていく責任ある立場を担うことを願う。

*1:世界最大の二酸化炭素排出国であるアメリカは京都議定書を批准していない