もし宇宙人からの信号を受信したらどうすべきか?


SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence:地球外知的生命探査)は地球外知的生命体を検知することを目的としたプロジェクトである。中でも、プエルトリコアレシボ天文台によって収集された宇宙から届く電波をグリッドコンピューティングの技術を用いて世界中のPCで解析し、人為的な信号を検知しようとするSETI@homeは有名で、世界最高のスーパーコンピューターに匹敵する265TFLOPSと言う莫大な計算機リソースを有し、日々解析が続けられている。

人類が電波の利用を始めてから100年、地球からは様々な情報を伝える電波が発信されてきた。逆に、宇宙の彼方に知的文明が発達していれば、彼らは我々と同じように電波を使って通信を行っているはずである。宇宙から地球にとどく電波の中にもし人工的な信号が含まれていることが発見できれば、その発信源である惑星には知的生命体が存在していることが分かる。うまくいけば、彼らとコミュニケーションを行うことが出来るかも知れない(彼我の距離が数十光年以内であればなんとか)。

2004年にSHGb02+14aと名付けられた謎の信号が受信され、宇宙人からの信号ではないかと騒然となった。しかし、SETI@homeはこの信号は頻繁に、急速にドリフトするため、地球外生命体からの通信ではあり得ないと結論しており、結局報道が誇張されていたことが判明した。そして今まで膨大なデータが解析されてきたが、宇宙人からの信号は検出されていない。

このように成果が出る見通しが立たないSETIだが、それでも世界中で多くのSETI研究者が地球外知的生命体の発見を求めて活動している。地球外知的生命体の存在確率に示したように、人類が全宇宙で孤独な存在であるとは考えにくく、いつか彼らに会える可能性は確実に存在するのだ。その惑星から出る電波がたまたま地球の方を向いており、その電波が地球に届くタイミングで電波望遠鏡がたまたまそちらの方向を向いており、たまたまその周波数にチューニングされており、たまたまそのデータが解析されれば、人類は地球外生命体の存在に気づくことが出来る。気の遠くなるような確率だが、とびっきりの幸運があればひょっとして地球外生命体の声を聞くことが出来るかも知れない。

もし万が一(こんなべらぼうに可能性は高くない)、地球外生命体からの信号を受信したらどうすればよいのだろうか?それに不用意に返事をして、地球の存在を知られ、宇宙人が地球を征服しに来たらどうするのか。それが杞憂だとしても、この機に乗じて人々を混乱に陥れるような扇動を行う人物・団体が出てこないとも限らない。こうした懸念から1986年、オーストリアで開催されたIAF(国際宇宙飛行連盟)総会において「地球外知性体からの信号受信時の法的、政治的、社会的意味」と題する討論会が開催され、SETI成功後の行動指針について議論がなされた。次いで、1987年のIAF総会においては「地球外知性からの信号受信に続く行動に関する国際議定書の制定」と題する会議が開催された。

そしてまとまったのが、地球外知性体の信号を受信した際の指針をまとめた地球外知的生命発見後の活動に関する諸原則の宣言である。

我々は、地球外知的生命(以下、 ETIとする)の探索に従事する団体または個人は、ETIの探索が宇宙空間探査の重要な部分であり、全人類の平和追求と人類共通の関心のために企図されていることを認識し(中略)、ETIの発見についての情報を公表するため、次の諸原則に従うことに同意する。

まず前文において、地球外知生体とのコンタクトは人類全体を代表して行うべきであり、そのために情報を全世界に公開して、対応に当たるべきとの原則が示されている。

  1. ETIからの信号などを発見したと確信する個人または団体は、一般への公表以前に、ETIの存在の可能性が高いことを証明するよう務めるべきである。

さらに誤報による無用の混乱を避けるために、発見者にはそれが確実に地球外知性体からの信号である事を確認する事が求められている。SETIにおいて今まで有意な信号ではないかと疑われたものの多くは、パルサーによる自然信号であったり、地球由来のノイズであったりした。それらの可能性を丹念に検証し、確実に地球外知性体からの信号であると確認が取れるまで、軽はずみな行動を取らないように警告をしている。

  1. ETIの証拠は、一般への公表前に、この宣言に関与する個人または団体に発見者が通報しなければならない。(中略)宣言の関係者は、その情報が信頼しうるものかどうか判明するまで、公表してはならない。発見者は、自身の、あるいは関連する国家の当局に通報するものとする。

そして、第一発見者は一般への公表を行う前に、SETI専門家および国家に報告を行うことが求められている。SETI研究者は専門知識に基づいて発見された信号を徹底的に解析し、それが真に地球外知的生命体のものかどうか確認作業を行うだろう。

  1. 確実となったETIの証拠は、宣言の関係者に通報後、全世界の天文学者関係者や関係機関などに通報するものとする。(宣言には、機関名を明示)
  2. 確認されたETIの発見は、上記の順の通報後、一般媒体も通して、迅速、率直、広範囲に公表されなければならない。発見者は、最初の一般向け発表を行なう権利を持つ。
  3. 発見の確認についてのデータは、出版や会議などの手段で、国際的な科学者の共同体で利用されるようにされるべきである。

いよいよ地球外知性体の信号に間違いないと言うことになれば、その事実は全世界に公開される。一部の国の利益のためにそれが隠蔽されることがあってはならない。インターネットが発達した現在では、受信された信号の全データがサーバにアップされ、誰でも確認できる状況に置かれるだろう。

  1. 発見は引き続き監視されるべきで、ETIの証拠に関するデータは、将来の解析・解明に役立つよう、記録・保存されるべきである。
  2. 発見の証拠が電波信号の形である場合は、宣言の関係者は、該当する周波数帯を保護するよう国際的な合意を求めることにする。

その後は世界中の電波望遠鏡が信号の発信源を監視することとなるだろう。おそらく専用の電波望遠鏡が新設され何らかの有意な情報を得ようと世界中の技術者達が必死になるに違いない。SETI科学者をリアルに描いた映画『コンタクト』では、ワームホールを用いたワープ装置の設計図が送信されてきたが、もし地球外知性体の科学技術の一端でも知ることが出来れば、科学を一気に進化させることが出来るかも知れない。そうでなくても、地球外知性体の生態を知ることは大きな関心となるだろう。

  1. ETIの信号などに対しては、国際的な協議が行なわれるまでは、何の応答も行なわないことにする。(以下略)

そして宣言は、安易な応答を厳に戒めている。応答は人類全体の総意の下で慎重に行われなければならない。何千光年も彼方の星からの信号ならば、地球まで到達するのに何千年、向こうまで応答が返るのにも同じ時間がかかることから、人生のタイムスケールから見れば十分な時間的猶予があるが、比較的近い星であった場合には何世代か後に何らかのはたらきかけがなされる可能性もある。地球外知性体が人類と同じメンタリティを有しているとは誰にも保証できないので、応答は可能な限り慎重に、出来れば相手が人類の存在に気づく前に相手を詳細に観察し、安全が確認されてから次の段階に進むぐらいの慎重さがほしいところだ。

  1. 国際宇宙飛行学会のSETIの委員会は、国際天文連合第51委員会と協同し、ETIの発見に関する諸過程と発見後のデータについて引き続き検討し、解析のための国際的研究の中心をつとめ、情報の一般公開にあたっての助言を行なったりするものとする。(以下略)

この地球外知的生命発見後の活動に関する諸原則の宣言が利用される日はやってくるのだろうか? それは明日なのか、1年後なのか、それとも1万年後なのか? それともそんな日は永遠に訪れないのか?