清水建設宇宙開発室による月面基地建設計画

清水建設が宇宙開発室を設立したのは1987年のこと。以後、宇宙に大規模構造物を建築し、宇宙居住を実現することを目的として、要素技術の研究開発が進められているようだ。シミズ・ドリームにおいても月面基地の建設に関して触れられているが、清水建設宇宙開発室編『月へ、ふたたび―月に仕事場をつくる』に月面基地建設の検討概要がまとめられているのでここで紹介したい*1。なお、本書籍は出版して10年が経過し、内容が既に古くなっている可能性があることをお断りしておく。なお本エントリ中の図表は『月へ、ふたたび―月に仕事場をつくる』およびシミズ・ドリームからの引用である*2




月の環境

月面に基地を建設するためには、多くの課題を解決する必要がある。ここでは特に考慮すべき月の環境について述べる。

月面の重力は地球の1/6しかないので、建築資材や構造物などをつり上げるのに必要なエネルギーは少なくて済む上、構造部材や基礎部分を地球に比べて簡素化することが出来る。一方で、ブルドーザーのような重力を利用する重機はスリップしてしまう可能性がある。

また、月面には大気が存在しないため、月面基地の生活モジュールの気密を確保する必要がある。消費される酸素を供給するために、月の鉱物から酸素を抽出する方法が検討されている*3。グリスなどの潤滑油は蒸発されるため、重機の機構部は乾式の潤滑機構を採用する必要がある。

大気が存在しないことは、飛来する隕石を防ぐ手段が無いことを意味する。仮に1gの隕石が衝突した場合、金属表面に数cmのクレーターができる。隕石衝突に備えるため、生命維持に必要なモジュールは特に安全率に余裕を持って設計しなくてはならない。さらに厄介なのは、直接降り注ぐ高エネルギー放射線である。一般的なガンマ線などの放射線は比較的容易に遮蔽する事ができるが、高エネルギー放射線は遮蔽物と相互作用を起こし連鎖的に反応することから対応が難しく、遮蔽設計の精度向上が求められる。

月では昼が14日間、夜が14日間続き、大気というバッファもないため、昼夜の温度差は極端に大きくなる。赤道付近では昼夜の温度差はおよそ300℃(-159〜121℃/平均温度-19℃@赤道表面)にも達する。建築物の耐熱性、断熱対策が求められるのは言うまでもない。緯度が高くなるにつれて昼夜の温度差は多少軽減されるが、平均温度は下がるので、建築場所選定の際に考慮する必要がある。なお、月面下35cmの平均温度は表面に比べて40〜45℃高く、月面下80cmになると昼夜の温度変化の影響がほとんど無くなることから、地下部分の利用が有効である。

月の公転周期と自転周期の関係は他にも影響を及ぼす。月面でのエネルギー供給は太陽光発電に頼るため*4、大量のエネルギーを必要とする建設作業は昼の14日間に進め、夜の間は省エネに努めることが必要となる。月の裏側に基地を建設する場合には、地球との交信をサポートするために月軌道上の衛星を利用する必要がある。

コンクリートモジュール構法

清水建設によって検討された月面基地はコンクリート製である。コンクリート製造に必要な材料の内、水を除いたすべての材料が月の資源から採取可能だ*5。月のレゴリス*6には二酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)、石灰(CaO)などが含まれる。レゴリスを1400K程度の高温に加熱して抽出したセメント材料と、地球から運んだ水素とレゴリスに含まれる酸素から生成した水を元にコンクリートを製造する。材料が現地で調達可能で、比較的単純な設備やプロセスで製造できるコンクリートは、エネルギー面、コスト面から見て有望な選択肢だ。

月面基地は、上図に示すようなコンクリート製の六角柱フレームと天井・床・壁用パネルを組み合わされて構成される。隣接するモジュール間の壁パネルを撤去すれば、広い空間を確保することができる。多数のモジュールを立体的に組み合わせることによって、冒頭に示したような巨大な月面基地を建築することが可能だ。


月面基地建築計画

最低限の施設群を建設する際の作業手順を考える。建築する施設は、居住モジュール、実験モジュール、電力供給装置の3施設、使用する建設機械あるいはロボットは、土木工事用と物資運搬兼積下し用の2種類、作業種類は、1)施設の運搬、2)荷下ろし、3)設置・展開・組立、4)インターフェース接続、5)機能検査、6)地均し、レゴリス掘削、被覆などの土工事の6種類となる。まずエネルギー供給源である電力装置を稼働させ、順次、居住モジュール、実験モジュールの建設を進める方式が良いだろう。

次の表は、月の昼間(14日間)に3名の作業員で全行程を終了する作業計画の概要である。建築機械あるいはロボットの性能、作業員の作業能率、エネルギー供給量に基づき、作業効率を最大化するように構成されている。実際には、機械類の故障、メンテナンスに要する時間、作業員の疲労による作業効率低下、安全のための余裕時間などを考慮し、より緻密な作業工程を立案する必要がある。

日程 施設 建築機械/ロボット 作業員
電力供給装置 居住モジュール 実験モジュール 運搬/積下ろし用 土工事用 運搬/積下ろし監視等 土工事監視等 機能検査等
1 運搬 地均し

電力装置運搬 電力装置地均し 電力装置運搬 電力装置地均し
2 荷下ろし

電力装置荷下ろし 電力装置荷下ろし
3 展開・組立 地均し
電力装置展開 居住M地均し 電力装置展開 居住M地均し
4
地均し 実験M地均し 実験M地均し
5 インターフェース接続
レゴリス集積
電力装置I/F接続 居住Mレゴリス集積 電力装置I/F接続 居住Mレゴリス集積
6 機能検査 運搬設置
居住M運搬設置 居住M運搬設置 電力装置機能検査
7 インタフェース接続
レゴリス集積 居住MI/F接続 実験Mレゴリス集積 居住MI/F接続 実験Mレゴリス集積
8
機能検査 運搬設置 実験M運搬設置 実験M運搬設置 居住M機能検査
9
インタフェース接続 実験MI/F接続
実験MI/F接続
10
レゴリス被覆 機能検査
居住Mレゴリス被覆
居住Mレゴリス被覆 実験M機能検査
11
12

レゴリス被覆
実験Mレゴリス被覆
実験Mレゴリス被覆
13


ここで挙げた計画はすべての必要なモジュールを月面に輸送した後に建設に着手する想定だが、冒頭の図に示したような、大規模な基地建設のためには輸送を複数回に分け、より長期間の工期が必要になる。いずれにせよ月面基地建設という人類がかつて経験したことがない困難な事業を完遂するためには、事前の十分な準備と計画に従った慎重な推進が必要になる。

おわりに

昨今の経済危機により、民間企業の研究開発投資は削減される一方であり、宇宙開発のような短期間では利益に結びつかない研究を民間企業において続けることは極めて厳しい状況にある。その中で、清水建設という一民間企業が宇宙開発投資を続けていることは力強く、羨ましくもある。

長期的に見れば月の経済的価値は計り知れず、月面に恒久的な活動拠点をもつことは極めて大きな意味を持つ。願わくは、清水建設の先行投資が実を結び、月面基地の建設が実現することを期待したい。

参考文献

月へ、ふたたび―月に仕事場をつくる (テクノライフ選書)

月へ、ふたたび―月に仕事場をつくる (テクノライフ選書)

*1:清水建設宇宙開発研究室は、『宇宙建築―居住を可能にする技術』、『月へ、ふたたび―月に仕事場をつくる』、『宇宙に暮らす―宇宙旅行から長期滞在へ』の3冊の宇宙建設に関する書籍を出している。最近続刊が無いのが残念だ。

*2:コンクリート月面基地想像図のみ元図に対して一部加工を加えている。かぐやの月面映像が偽物とのたわごとについてにおいても言及した初歩的な間違いを修正するためである。

*3:酸素製造方法としてはRosenbergらによる珪酸塩のメタン還元法、Knudsen、Gibsonらによるイルメナイトの水素還元法、Haskinらによる融解マグマの電気分解法、苛性ソーダ溶解塩の電気分解法、灰長石のフッ素化処理、灰長石のアルミニウム還元、気相熱分解法、プラズマ分離法など多数が提案されている。

*4:月に豊富に存在するヘリウム3による核融合発電が実用化されれば、エネルギー問題は解決する。D-3He核融合は直接発電による高効率発電が可能で、放射性廃棄物もD-T炉の数%以下という優れた特性を持つが、核融合実現のためのプラズマ封じ込め条件がD-Tサイクルと比較して一桁厳しく、未だ基礎的な研究段階にある。ヘリウム3は地球上にはほとんど存在していないが、アポロ計画などで月面に十分なヘリウム3が存在することが明らかとなり、有望なエネルギー源として注目されている。

*5:近年、月面に水の存在の可能性を期待させる報告が複数なされた。しかし、かぐやによる南極シャックルトンクレータ内の永久影領域撮影においても、期待された水の存在は確認はなされず現状は悲観的だ。

*6:天体の表面に存在する固結していない物質の総称。一般には風化した岩石、土壌あるいは未固結の堆積物等を指す。