写真に基づく3D空間構築手法の到達点

一昔前は実世界の建築物を元にウォークスルー可能な3D空間を構築しようと思ったら、まず各部屋の形状を計測器を用いて計測し、その計測結果に基づいて人手でモデル化し、領域ごとにテクスチャを貼り、照明を設定して……と気の遠くなるような作業が必要だった。3D空間の構築は極めてコストの高い作業だったが、近年では2次元画像(実写写真)に基づいた3D空間の構築手法が長足の進歩を遂げており、以前に比べれば極めて低コストに3D空間を構築する事が可能となっている。


【告知】Twitterはじめました。@LunarModule7です。
興味のあるかたはフォローくださいとしばらく宣伝。

今ではバラバラに撮影した写真から、全自動で3D空間を構築し、内部を自由にウォークスルーできるようになっている。ワシントン大学Microsoft Reseachが2009年に発表した研究*1は現時点における集大成とも言えるものとなっている。本エントリでは本研究の概要を紹介する。詳細を知りたい人は、論文及び紹介ページを参照されたい。本エントリで利用している素材はこれらからの引用である。

部屋内を一通り撮影したバラバラの写真に基づき、カメラ位置、フロアプランの推定、3Dモデルの生成までの全行程を自動で行う事ができ、IBR(Image Based Rendering)を用いた3D Viewerで自由にウォークスルーする事が可能だ。その効果は次のデモを見れば一目瞭然だろう。長文を読むのが面倒な人は下の方にあるYouTube動画をまず先にご覧頂きたい。



室内のモデル化においては様々な障害がある。壁は均一なテクスチャで構成されており特徴点の抽出が行いにくい。また、室内には様々な複雑な形状のオブジェクトが散在しており計算量を増加させる。ドアや壁、テーブルなどの薄い構造物は形状推定において大きな障害となる。この課題に対し本手法は複数の既存手法を組合せ、さらに独自の統合プロセスを経る事で、全自動の3Dモデル化を実現している。

次に3Dモデルの生成プロセスのパイプラインの概要を示す。




1.写真入力


まず元となる室内の写真を用意する。3Dモデルを構築する環境の写真が揃っていればよく、カメラ位置が記録されている必要はなく、写真の順番もバラバラで構わない。必要となる写真の枚数は環境の広さに応じて変化するが、一戸建ての1階全部で150枚程度となる。

2.Structure-from-Motion


Structure-from-Motion (SfM)は、与えられた動画像から、被写体のオブジェクトやシーンの形状、及びカメラの動きを復元するものだ。ここではオープンソースで配付されているBundler Structure from Motionパッケージ*2を利用して、各写真の特徴点抽出と写真間の特徴点の対応付けを行い、因子分解法によりカメラ位置とパラメタの算出を行っている。元となったPhoto Tourismは話題になったので、見た人も多いだろう。

3.Multi-view Stereo


次に、やはりオープンソースで配付されているmulti-view stereo (MVS)ソフトウェアであるPMVS*3を用いて、高精度の3D oriented pointを算出する。それぞれの点は3次元位置と表面法線、そして画像と関連づけられている。簡単に言えば、前ステップで導出したカメラ位置とパラメタ及び入力画像から、初期3Dモデルを構築する。

4.Manhattan-world Stereo


MVSの時点では不十分なので次にManhattan-world仮説に基づき、初期3Dモデルの構築の修正を行う。Manhattan-world仮説とはビルや道路のような直交性の強い三次元環境をカメラで撮像した際に現れる、画像中の各画素の輝度勾配の大きさと方向の分布に関するモデルである。利用したアルゴリズム*4では、カメラ位置(図示)からの入力画像に対し、直行する3軸(赤で表示)の向きに関連付けて壁の存在(緑で表示)を推定し、それぞれの入力画像に対してdepth mapを生成する。

以下に生成されたdepth mapの例を示す。一番左の入力画像に対し、生成されたdepth mapが中央に示されている。一番右は生成されたdepth mapに対し、テクスチャを反映させたものである。

最終的に全てのdepth mapを重ね合わせると次のようになる(depth mapごとに色が割り当ててある)。

5.Axis-aligned depth map merging

最後にdepth mapを3Dメッシュモデルにマージする*5。ここでは、一般的なフロアプランがもつ拘束条件を活用することで、精度を向上させている。概念的には、各軸に直行するvoxel(立方体)を積み重ねることで部屋が構築されていると仮定し、制約条件を満たす最もシンプルとなる部屋、壁、オブジェクトの位置、形状を決定していく。最終的に生成される3Dモデルとフロアプラン(赤線)を次に示す。


生成結果

Kitchen, Hall, House, Galleryの4種類のデータセットに対して、本手法による3Dモデルの自動生成を行った。構築された3Dモデルを次に示し、内部をウォークスルーする様子を示す。また紹介ページではデータセットと3D Viewerの配付を行っている。興味のある人は試してみると良いだろう。


Kitchen
22 images
1364 triangles
Hall
97 images
3344 triangles
House
148 images
8196 triangles
Gallery
492 images
8302 triangles

次に4種類のデータセットに対し、dual quad-core 2.66GHz PCにおいて自動生成にかかったステップごとの処理時間(分)を示す。リアルタイム生成とはいかないが、人手で作成するよりもずっと短い時間で生成できている事が分かる。


Kitchen (22 images)Hall (97 images)House (148 images)Gallery (492 images)
Structure-from-Motion (SfM)137692716
Multi-view Stereo (MVS)38158147130
Manhattan-world Stereo (MWS)39.6281.3843.65677.4
Axis-aligned depth map merging0.40.43.622.4

以上述べたように、充分な量の写真があればその写真に基づいて3Dモデルを全自動で構築する事が可能になってきている。動画を見れば分かるように現時点では所々モデルの破綻が見られるが、その場の様子を体験するには充分な精度であるし、今後アルゴリズムの改良が進めば違和感がない3Dモデルが簡単に構築できるようになるだろう。また、本手法で用いたツールの多くがオープンソースで配付されている点も興味深い。研究グループは、今後の方針として軸に沿わない構造を適切に扱えるように手法を改善したり、複数のフロアからなるビル全体などより大きな構造物へ対応できるようにしたいとしている。また、3D Viewerもより自然に見えるようにレンダリング処理を向上させたいとしている。

誰もがこれらのツールを使って3Dモデルを簡単に構築できるようになれば、実世界のあらゆる場所の3Dモデルが用意されるようになるかも知れない。実世界と対応した仮想世界が利用可能になると何が変わるだろうか? たとえば、実世界上で遠く離れた場所に、仮想世界を通してアクセスし、居ながらにして旅行を体験する事もできるようになるだろう。また、実世界のその場所にいる実人間とアバタを使ってコミュニケーションするような環境が実現できるかも知れない。実世界自体もまた拡張されるのだ。

*1:Yasutaka Furukawa, Brian Curless, Steven M. Seitz, Richard Szeliski: "Reconstructing Building Interiors from Images", ICCV 2009

*2:N. Snavely. Bundler: SfM for unordered image collections. http://phototour.cs.washington.edu/bundler/.

*3:Y. Furukawa and J. Ponce. PMVS. http://www.cs.washington.edu/homes/furukawa/research/pmvs.

*4:Y. Furukawa, B. Curless, S. M. Seitz, and R. Szeliski. Manhattan-world stereo. In CVPR, 2009.

*5:この部分が本論文の肝となる部分だが、大きく割愛。気になる人は原論文を参照されたい。

A Successful Failure 2009年のまとめ

2007年の1月1日に開始したA Successful Failureも3周年を迎え、明日より4年目に突入する。昨年のエントリ数は30と極めて少なかったので、今年はエントリ数の増加を心がけたはずだったが、蓋を開けてみるとわずか33(本エントリ含む)。全然増えていない。来年もきっとこれぐらいだろう(もはや諦め)。

ほとんど更新されないにも関わらず、2007年のPVは38万、2008年は52万、2009年は74万と順調に増加し、累計PVは165万となった。新規エントリへのアクセスではなく、古いエントリに検索エンジン経由でアクセスする人が一定数いる事によるものだ。ただ、あまりにも更新数が少ないためかGoogle PageRankが4から3に落ちてしまったので、来年の増加はあまり期待できないだろう。

さて、僅か33エントリしかないが、その中から今年の自薦ベストエントリをあげると次のようになる。

  1. いよいよ実世界にタッチするiPhoneアプリまとめ
    • トップはiPhone 3GSのアプリのうち、実世界とのインタラクションを有するアプリを紹介したエントリ。定番アプリ集とか有用なエントリは多数あるが、実世界コンピューティングの観点からまとめたエントリは無いようだったので、単なるアプリの羅列ではなく、実世界とのインタラクションの在り方に対する著者の主張も交えて記載したものだiPhoneの可能性がうまく伝わったようで喜ばしい限りだ。一方、続編のその2は、インパクトが少なかったのかほとんど注目を集められなかったのが残念。来年はARが実用的なアプリになる事を期待したい。
  2. 花粉症で1日約6,000円の損失って頭悪すぎでは?
    • 2位は頭悪すぎな花粉症の調査結果について。100万女性のティッシュ消費に関する考察は会心の出来だと自負しているのだがどうか*1コンタック総合研究所には、また我田引水な調査結果を発表してくれることを大いに期待している。
  3. Web上の膨大な画像に基づく自動画像補完技術の威力
    • 3位は望外にも1900 overというはてブを頂いたエントリ。確かにインパクトは抜群だが2007年発表と2年も前の話で知っている人は知っているネタだったので、個人的にはここまで注目されたのは意外だった。一方、紹介動画がホットエントリ化していた時期にPatchMatchの技術解説を行ったAdobe Photoshop CS5に実装されるPatchMatchの実力については、ほとんどアクセスされなかった。これはすでに動画で技術概要について周知されていたため、インパクトが無かった為であると考えられる。中身を知ると面白いと思うのだが、なかなか面白さが伝えられていないようだ。残念。

あとは月面基地とか中国のソースコード強制開示とかアフォーダンスとか言語習得難易度表とかビジュアル言語とか、改めてまとめて見てみると、まとまりが無くA Successful Failureはどのジャンルに属するblogなのか?と問われると苦慮してしまいそうだ*2Blogopolisにおけるジャンルも「iPhone」とか「これはすごい」とか「ネタ」とか「Amazon」とか「科学」とか全く一定しない。実際には、著者がすごいと思った何かを伝えるという事が基本スタンスであってジャンルはあまり関係がない。これはすごいランキングで個人のblogの中では上位にランクされている事もその反映だと思う。

今年は@LunarModule7Twitterを始めた。TwitterでTLを眺めているだけでも、自分が知らなかった世界、新たな視点がある事に気付かされる。時間を消費するツールである事が難点だが、うまく使っていきたいと思う。筆者は基本的に非コミュなのだが、相手をしてもらえると喜ぶので、心の広き方はおつきあいください。

Twitterを始めると、blogの更新が滞る人が多いということだが、当blogはあまりTwitterと使い方が被るような性格のものではないので、特にblogの更新が滞るという事はないだろう。というよりも、元々滞っているようなものなので、これ以上滞りようがないとも言うかもしれない。そういうわけなので、来年も変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。

当blogが皆様にとって少しでも価値のあるものでありますように。

*1:100万円全てをティッシュに使っている訳ではないという点はもちろん認識している。あくまでネタなので面白さ優先。

*2:アクセスを増やすためにはジャンルを絞る事が絶対の定石なので、アクセスを増やしたいと思っている人は真似しないように。

幽体離脱アバタ操作型実世界環境の作り方

我々の自我は身体のどこに存在するのか? 我々は目という窓を通して実世界を眺めている感覚を有しており、すなわち、自我が目の奥に存在すると感じている。ところが、稀に自我が自分の身体から浮遊して別の位置にあるように感じられる場合がある。『心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる (中公新書)』では自我が存在する(と我々が考える)位置について興味深い科学知見を扱っており、本エントリで紹介したい。


【告知】Twitterはじめました。@LunarModule7です。
興味のあるかたはフォローくださいとしばらく宣伝。

幽体離脱のメカニズム

側頭葉と前頭葉の境界にあたるTPJ(temporo-parietal junction)に障害がある人は幽体離脱体験(out-of-body experience)や、自己像幻視(autoscopy)と呼ばれる体験をすることがある事実が知られている。幽体離脱体験とは、自分の身体の場所はそのままで、自我だけが身体から離れて行くように感じられる現象であり、自己像幻視は自我の位置はある場所に留まったまま、身体だけが自我から離れた位置にあるように言える現象である。これらは両方同時に発生する事もある。下図はBlankeらの報告*1からの引用であり、TPJに障害をもつてんかん患者が自分の体験を絵に描いたものであり、(1)自分が椅子に乗って宙に浮かぶように感じ、(2)自分の身体が前方に移動しているように見え、(3)下を見ると妻Aが座っているのが見えるが、自分が座っている椅子Bは空っぽに見えたという。



TPJは、視覚、触覚、身体の平衡感覚の情報が集まってくる領域である。脳はここで自分自身の身体との相対関係から、仮想的な自我の位置を導き出すと考えられている。目からの視覚情報、触覚などの体性感覚情報、関節などの位置感覚情報、平衡感覚情報などが、自我の位置を導出するヒントとなる。そのため、TPJに障害が発生すると、自我の位置を導出するプロセスに異常が生じ、結果として自分の身体位置とは異なった場所に自我を位置させてしまうのだ。これが幽体離脱体験や自己像幻視の原因と考えられている。これらは超常現象や臨死体験として紹介される場合が多いが、脳のはたらきで論理的に説明できるのである。

人工的に幽体離脱を実現する方法

この現象は実験的に再現する事ができる。多くの関連研究が存在するが、最も劇的な効果を発揮するものがBina Lenggenhagerらによるものである*2。下図は論文からの引用である。



HMDを装着した被験者を立たせ、被験者の後方2mの位置からカメラで被験者の身体を撮影する。被験者はHMDで自分の身体を後方から見る事となる。ここで実験者が被験者の身体を棒で軽く叩く。被験者は自分が叩かれている画像を見ると同時に、自分の背が叩かれている感覚を感じる。これを数十秒続けると、自分の身体は目の前にあるのに、自分の自我はその後ろに位置しているような感じがしてくる。

この感覚はビデオの再生を遅らせて視覚と触覚の同期をずらしてやると生じなくなる。この同期が、目の前に見えている映像が自分自身の身体だと認識する為に決定的に重要なのだ。そして自分の身体が前方に見えている以上、自分の自我は後ろに位置していると考えざるを得ない。こうして、幽体離脱が実現するわけだ。これはHMDとカメラがあれば簡単にできる。たとえばこちらのblogでも実際にやってみた様子が紹介されている。

テレイグジスタンス

リアルタイムフィードバックが適切に与えられれば、ネットワークを介した遠隔地にも自我の存在を飛ばす事が可能だ。テレイグジスタンス(telexistence)東京大学の舘翮教授に提唱された概念*3であり、操縦者が遠隔に存在するロボットを介してあたかも遠隔の環境にいるような感覚を持ち、精密な作業やコミュニケーションを可能にする技術である。一般的な遠隔操作(teleoperation)との本質的な違いは、時間遅れが少なく、視野・頭部-腕運動系が適合したフィードバックにより、まさに幽体離脱体験、自我が遠隔地に存在するかのような感覚が生じるところにある。


http://tachilab.org/uploads/img/24.gif
http://tachilab.org/uploads/img/23.gif
テレイグジスタンスロボット「TELESAR」 - Tachi Labより引用

テレイグジスタンスがもたらす体験は、自我に関する哲学および精神分析学問題に対する工学の回答となっていると言える*4

自分自身のアバタを操作して実世界を生きる

常に後方からカメラが追尾するような環境を実現できれば、ゲームで言う主観視点ではなく後方視点で自分自身をアバタのように見る事ができる*5。あとは自分の身体をコントローラで操作できれば完璧だ(自分の身体なのだから自分で動けばよいのは分かっているが、そこはそれ)。

人間を意のままにコントロールする人間リモコン』で紹介した人間リモコン(human remote control)*6は被験者の耳の後ろに装着した電極に電流を流し前庭感覚を刺激することで、仮想的な加速度を生じさせるもので、被験者は身体が横に傾くような感覚を覚える。その結果、コントローラで示した方向に知らず知らずの間に進む事となるのだ。下図は論文からの引用である。



将来的には運動神経に直接電気刺激を与える事で身体の各部位をある程度意のままに動かす事が可能となるだろう(繰り返しだが、そんな事をしなくても自分で動けば良い)。こうした技術を応用すると、実世界をフィールドとしたリアルタイム実世界ゲーム環境が実現できることになる。後方視点でアバタである自分自身を観察し、操作できる環境が実現できると何が変わるだろうか? 少なくとも、自分を客観視する事は容易になるので、言動や身だしなみに注意を払うようになるだろう。そう、自己中心的だった個人個人の視野が、環境にまで広がるのだ。工学技術により拡張されたAugmented Human*7は実世界、仮想世界とのインタラクションを、より広く、深く有するようになる。

ただし、このゲーム、アバタには運動能力、容姿などの能力値がシビアに設定されおり、取り替え不可で、セーブ&ロードなし、バックログなし、ファーストプレイのみの鬼難度である。RMT(Real-Money Trading)が幅を利かし、何世代も前からの古参ユーザの中には一生かかっても逆転できないようなレベル、資産を有するものもいる世界だ。回避不可のイベントの中には理不尽としか言いようの無いものも多く存在する。心して取り掛かられたし。

参考文献

心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる (中公新書)

心の脳科学―「わたし」は脳から生まれる (中公新書)

*1:Olaf Blanke, Theodor Landis, Laurent Spinelli, and Margitta Seeck: "Out-of-body experience and autoscopy of neurological origin", Brain, Vol.127, No.2, pp.243-258, (2004).

*2:Bigna Lenggenhager, Tej Tadi, Thomas Metzinger, Olaf Blanke: "Video Ergo Sum: Manipulating Bodily Self-Consciousness", Science, Vol.317, no.5841, pp.1096-1099 (2007).

*3:S. Tachi, K. Tanie, K. Komoriya and M. Kaneko, Tele-existence (I): Design and Evaluation of a Visual Display with Sensation of Presence, RoManSy 84 The Fifth CISM-IFToMM Symposium. pp.206?215 (1984).

*4:テレイグジスタンスに関しては、稲見先生よりコメントを頂いた。感謝します。

*5:後方視点を実現する研究として、背中に背負うサオの先につけた映像記録CCDカメラとヘッドマウントディスプレイからなり、自分自身の後ろ姿をその場で見ることができるスキー支援システムが提案されている。スキーをより楽しくするための撮像・提示系参照。

*6:Taro Maeda, Hideyuki Ando, Tomohiro Aemiya, Masahiko Inami, Naohisa Nagaya, Maki Sugimoto, "Shaking The World: Galvanic Vestibular Stimulation as A Novel Sensation Interface", http://www.brl.ntt.co.jp/cs/avi/parasitic_humanoid/

*7:Augmented Humanの日本語訳について昨日慶應大稲見教授の@drinamiで話題になった。強化人間、改造人間、添加人、擬体化、ニュータイプ等いろいろ案が上がっているが、個人的には工学的超能力者とかが良いと思う。

小学生が学ぶビジュアル言語ビスケットがすごい

情報処理10月号では、『特集 未来のコンピュータ好きを育てる』としてコンピュータに魅力を感じる人材を育成する試みを紹介している。とても面白い特集となっているので、送付されてきたまま袋から出さずに放置してある人は是非一読する事を薦めたい。

小中学校における情報科学教育は世界的に重要視されつつある。ACMのモデルカリキュラムでは、第8学年(中学2年生)までにコンピュータ操作、デジタル化、情報の表現、問題解決などを履修し、第9-10学年で、コンピュータの構成、アルゴリズム、抽象化、数学との関連などの情報科学を学ぶ事を提言している。

ところが、現在の日本の情報教育は文字入力やWeb情報探索など、コンピュータの利用法に関する教育に終始し、情報科学をはじめとする情報技術の原理・仕組みに関してはほとんど重要視されていない。一方、韓国の情報教育 ━初・中等学校情報通信技術(ICT)教育運営指針と改訂中・高等学校教育課程━を見てみると、日本よりもずっと低い学年でかなり高い水準が要求されていることが分かる。将来の日本の情報技術を担う人材を育成する観点から言えば、より本質的な情報科学教育が求められる。

この問題に対し、政府レベルでは学習指導要領の改訂などの対策がなされつつあるが、現場レベルでは、コンピュータサイエンス・アンプラグド*1を用いた学習や小学生を対象としたプログラミングワークショップの開催などが試行されている。小学生にプログラムを教えるにあたっては、変数、関数、制御構造、アルゴリズムといった高度な概念を使わず、より直観的にプログラムを学ぶ事ができる環境が求められる。ビスケットはこの目的に特化して設計されたビジュアル言語環境である。本エントリでは特集記事7『プログラミングが好きになる言語環境*2』に基づいて、このビスケットの魅力を紹介したい。

ビジュアル言語ビスケット

ビスケットはルールベースで絵を動かすビジュアルプログラミング言語だ。図1はビスケットのプログラムと実行例を示している。画面左のステージ上の絵が画面右の2つ円が並んだルールに従って動作する。このルールは「左の絵を右の絵に置き換える」と解釈される。この例ではぶひんの魚の位置が左側にずれるので、ステージ上に魚を配置すると魚は前方に進んでゆく(魚が回転していてもルールは発火する)。ルールの発火条件となる左側の絵のマッチングは柔軟に行われため、とにかくやってみればそれなりに動くという面白さがある。



図1: ビスケットのプログラムと実行例

図2は海草にあたったら避けるというルールを追加した例である(海草には固定オブジェクト属性を付与)。これだけで魚が方向を変えつつ泳いでいくという動きが実現できるのである。単純に魚が前方に進むだけだった図1と比べると、一気にステージが賑やかになる。同じ事を少しずつ変えて繰り返すだけで、いろいろな色や形の魚が、あちらこちらの方向に向かって泳ぐようなアニメーションが作れるのだ。



図2: 2つのルールによるアニメーション

尺取り虫が進むアニメーションは図3、図4のようなルールで表現される。図3のように描いても尺取り虫は同じ場所で伸び縮みを繰り返すだけで前に進まない(座標が横にずれていれば前には進むが自然な動きには見えない)。尺取り虫が自然に動くようにするには、図4のように縮むときには頭の位置が変わらず、伸びるときには尻尾がずれないようにルールを定義しなければならない。この場合自然観察が重要となるわけで、思った通りに動かないときにどうすれば思う動作が実現できるのか試行錯誤が必要になる。





図3: 同じ場所で伸び縮みする尺取り虫



図4: 自然に前に進む尺取り虫

図5は公式サイトにアップされている、実際に児童が作成したと思われるプログラム例*3である(GOOLやCREARなどの誤字が微笑ましい)。スタートからゴールまで踊りながら赤や緑の花を集めて進む。紫の花にあたるとゲームオーバーとなる。小学生の子供でもワークショップに参加してビスケットに習熟すれば、こうしたレベルのゲームを30分程度で作成できるようになるようだ。



図5: 上級作例

魚が前方に動くような単純なアニメーションから、尺取り虫が進むような2つのルールの繰り返しにより動作するアニメーションへと進む場合に、児童は繰り返しの概念について学ぶ事ができる。複数のルールから構成され実現される手続きはアルゴリズムに他ならない。ルールは条件判断であり、キー入力によるイベント制御などの概念も含まれる。正確に上下左右に動かしたい場合には座標入力を行う必要がある(ルール記述の下方にある小さな円をクリック)。子供たちは、ビスケットを通して、プログラムの基本的な概念を自然と学ぶのだ。

Flickrにはビスケットを用いたプログラミングワークショップの様子が公開されている。熱心にコンピュータに向かっている様子が見て取れる。ビスケットの理解の速度は、大人も子供もあまり変わらないようで、むしろプログラミングに先入観のある大人の方が理解が難しい場合もあるという。自分の思いのままに絵が動いたときの喜びは格別だろう(少なくとも"Hello, World!"よりは嬉しいに違いない)。子供たちがビスケットを使ってプログラムに触れ、その楽しさに目覚めてくれることを期待したい。

*1:コンピュータの電源を抜いて(アンプラグド)行うという意味のコンピュータを使わない情報科学のこと。

*2:兼宗進, 阿部和広, 原田康徳: "未来のコンピュータ好きを育てる: 7.プログラミングが好きになる言語環境", 情報処理, Vol.50, No.10, pp.986-995 (2009).

*3:上級にアップされているプログラムの中で、それなりに破綻無く動作し、かつ、最も可読性の高いものを抽出した。

Twitterは有料化したから非難されたのではない

Twitterが有料化された際に、多くの非難が寄せられたことは記憶に新しい。

全てが有料になった訳ではなく、有料で「有名人からのリプライ」のような、欲しい人にとってはたまらないオプションが買えるようになったみたいだが、『今まで遊べていた部分はそのまま無料で遊べるにも関わらず何故そんなに怒るのか?』と不思議に思う人も多いだろう。実際、ブクマコメントは秀逸な改変とする意見が多いようだ。

しかし、彼らは有料になったから文句を言っているわけでは決してないのだ*1

彼らが怒った理由を知るためには仮想世界について少し考える必要がある。野島美保著『人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』は仮想世界におけるマーケティングに関する先駆的な研究成果をまとめた良書である*2。本書を参照しつつ、彼らを怒らせた本当の理由を探ってみたい。

仮想世界としてのTwitter

Twitterは一人で使うスタンドアロンのアプリではない。仮にTwitterがそうしたスタンドアロンアプリであれば、今回の有料化がここまで非難されることはなかったはずだ。

Twitterソーシャルネットワーク的な性格を有するなアプリであり、他のユーザ(友人、知人など)とのフォロワー数の比較やコミュニケーションを行うアプリである。すなわちひとつの仮想世界を構成していると言える。

野島は仮想世界の生成条件として次の4条件を挙げている。

  1. 仮想世界内に目標を持つこと
  2. 仮想世界におけるアイデンティティが確立できること
  3. 仮想世界内に人間関係が構築されること
  4. 仮想世界にルールがあり、公平性が担保されること

まず仮想世界内における目標が必要となる。たとえばボスを倒すとか、レベルを上げるとか、仮想世界の外から見れば何の意味もない目標だが、仮想世界内に留まること自体が満足に繋がる強い動機となる。Twitterでは、自分のフォロワーを増やしたり、友人とTwitter戦闘力を競う等の目標が存在する。

第二にアイデンティティだが、仮想世界内を別の人格(アイデンティティ)として生きているような実感が得られることが重要である。オンラインゲームのユーザ調査からは「現実よりも仮想世界にいる方が自分らしい」という回答が目立って観察され、現実の自分を離れたより理想に近いアイデンティティの確立が重要であることが分かる。Twitterにおいてフォロワー数を増やし、他人から一目置かれる存在となる事は自尊心をくすぐるものだ。

第三の条件は人間関係の構築である。仮想世界において他人とのコミュニケーションが重要な要素となることは言うまでもない。Twitterはつぶやきという形で、他人とのゆるいコミュニケーションを行うツールである。第二、第三の要素は、Twitterの根幹を成す要素であると言えよう。

最後にもっとも重要なのが仮想世界のルールである。ユーザ調査によって明らかになったのは、世知辛い現実とは異なり、自分の活動や努力が正しく報われる「公平」な社会が強く求められるという事実だ。ルールはユーザの納得できるものでなくてはならず、そして現実よりも楽しいと感じられるものでなくてはならない。

有料化する前のTwitterは公平なルールによって守られた多くのユーザにとって居心地の良い理想的な仮想世界であったのだろう。有料化によって新たなルールが追加され、最後の要件である公平性を脅かす事態の発生が、ユーザを怒らせたのだ。

仮想世界の公平性

仮想世界のルールにおいては、「自分が投じた時間と労力に対して正当に報われている」とユーザが納得することが重要である。現実世界では幾ら努力してもなかなか報われないにもかかわらず、仮想世界ではより短期間に分かりやすい形で活動に対する正当な報酬が与えられる。報酬にはユーザが「運」と認識できる程度のランダム要素が付与され、ユーザ間の競争を適度に緩和される。単純化された活動と報酬の関係、報われる時間の早さが仮想世界の独自の魅力である。

また仮想世界では他のユーザとの関係性があるので、他のユーザとの比較においても不公平感があってはならない。ゲームには選択肢が不可欠だが、どの選択肢がベストかという不安が生まれる。選択肢によって一部のユーザだけが得をすると不公平感に繋がるため、短期的に多少の不公平や不均衡があったとしても、長期的に見れば皆等しく報われるといった設計がユーザからは求められるのだ*3

実際、オンラインゲームのユーザ調査においてはこの公平性を求める声が大きい。ゲームの課金体制として「定額制」と「アイテム課金」の2種類があるが、「定額制」にはゲーム世界の公平性が保たれるという長所がある。また、こつこつと時間と手間をかけてゲームを遊ぶというプレイスタイルに適合すると言う利点もある。

一方、現実通貨で仮想アイテムを購入する「アイテム課金」に関しては「公平でない」という意見が大きい。仮想世界における財産や地位は、仮想世界内における努力の結果であるべきという意見である。現実世界の貧富の差が、仮想世界に持ち込まれることに対する強い拒否感の顕れだと言える。

50週以上に渡るウィットに富んだ回答を経てやっと得たざぶとん10枚の商品が木久蔵ラーメンだったらどう思うだろうか。活動に対する適切な報酬が期待できるからこそユーザは仮想世界で安心してプレイできるのであり、仮想世界の外の(仮想世界内のユーザが制御できない)要因により他のユーザが不当に高い報酬を得ることは公平性を著しく阻害するのである

有料化によってTwitterが失ったもの

つぶやき課金の登場により、仮想世界内のルールがある日突然変更され、あるユーザが著しく有利になる状況が発生した。それまでのルールによって保たれていた公平性が一気に崩壊し、それが多くのユーザの不満を生んだのである。

574 2009年10月21日 22:46
フォロワーも増えてきて、今まで毎日頑張ってきたのに、RTとか赤ふぁぼとかがリアルマネー(本当のお金でクレジット決済して買える様になった)で買えるなんて最低だと思う。

いつか有料化というか、こんな事になるのかとは思っていたけど、有料と無料ページを分けるとかしないと、無料で頑張ってやってきた人達のモチベーションは一気に下がると思います。

しかも、今まで無料だから落ちててもそんなに強く出れなかったけど、金払ってやり始める人はどう思うんだろう??より一層のサービス向上とシステムの徹底化を図らないと重クレーム必至ですね。

なんだかマジでつまらなくなってきた。

公平なルールの下存続してきた仮想世界が、ユーザが予期しないイベントにより一変してしまった。自分は何も悪いことをしたわけではないのに、人智の及ばない神の手がルールを変更し、自分が本来得られるはずだった報酬の価値を相対的に減じてしまったのだ。まさに天災とも言えるものであり、ユーザはそのやり場のない怒りを運営側に向けたのである。

以上述べたように、有料化によってTwitterは、多くの古参ユーザに親しまれてきた居心地の良い仮想世界を失ってしまった。仮想世界内の目標やアイデンティティを構成する大きな要因であるルールに手を加える場合は、公平性を阻害しないように充分な配慮が必要であることを今回の騒動は改めて示したと言える。仮想世界において公平性は、おそらく多くの人の感覚よりもずっと重要で、慎重に扱うべきものなのだ。

仮想世界をいじるときは慎重に。

本来蛇足な補足追記

このエントリは全体がネタなのですが、どうも気付かれていないようなので補足。

参考文献

人はなぜ形のないものを買うのか

人はなぜ形のないものを買うのか

*1:いろいろなユーザがいるので、中にはどう見ても理不尽な理由で不平を言っているユーザも存在することは確かである。あくまで一般論の話であり、Twitterの事例を枕にユーザに受け入れられる仮想世界が存続する要件を整理することが本エントリの趣旨である。

*2:人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』では、多くのオンラインゲームユーザへのアンケート結果の解析に基づく分析を行っており、仮想世界への定着率、収益率を改善する多くの示唆が得られる。形のないものを売って儲けようと思っている人(笑)にとって必読と言える。

*3:これは生ぬるいと感じる人もいるだろうが、ゲームはあくまで娯楽であり、現実世界のような理不尽さを誰も求めていないのである。仮想世界ぐらいは報われる世界であって欲しいと思うのは当然のことだろう。対価と引き替えに娯楽を提供するゲームはこの原則を破ってはならない。

サンシャイン牧場は有料化したから非難されたのではない

mixiアプリにおいて最も人気があり、「ソーシャルアプリケーションアワード」のグランプリを受賞したサンシャイン牧場」が有料化された際に、多くの非難が寄せられたことは記憶に新しい。

全てが有料になった訳ではなく、有料で「高級肥料」のような、作物が育つ時間を短縮できるアイテムが買えるようになったみたいだが、『今まで遊べていた部分はそのまま無料で遊べるにも関わらず何故そんなに怒るのか?』と不思議に思う人も多いだろう。実際、ブクマコメントは文句を言うユーザに同調できないとする意見が多いようだ。

しかし、彼らは有料になったから文句を言っているわけでは決してないのだ*1

彼らが怒った理由を知るためには仮想世界について少し考える必要がある。野島美保著『人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』は仮想世界におけるマーケティングに関する先駆的な研究成果をまとめた良書である*2。本書を参照しつつ、彼らを怒らせた本当の理由を探ってみたい。

仮想世界としてのサンシャイン牧場

サンシャイン牧場は一人で遊ぶスタンドアロンのゲームではない。仮にサンシャイン牧場がそうしたスタンドアロンゲームであれば、今回の有料化がここまで非難されることはなかったはずだ。

サンシャイン牧場ソーシャルネットワークであるmixiで利用可能なゲームであり、他のプレイヤー(友人、知人など)との競争やコミュニケーションを有するゲームである。すなわちひとつの仮想世界を構成していると言える。

野島は仮想世界の生成条件として次の4条件を挙げている。

  1. 仮想世界内に目標を持つこと
  2. 仮想世界におけるアイデンティティが確立できること
  3. 仮想世界内に人間関係が構築されること
  4. 仮想世界にルールがあり、公平性が担保されること

まず仮想世界内における目標が必要となる。たとえばボスを倒すとか、レベルを上げるとか、仮想世界の外から見れば何の意味もない目標だが、仮想世界内に留まること自体が満足に繋がる強い動機となる。サンシャイン牧場では、自分の牧場を大きくしたり、マイミクとランキングを競う等の目標が存在する。

第二にアイデンティティだが、仮想世界内を別の人格(アイデンティティ)として生きているような実感が得られることが重要である。オンラインゲームのユーザ調査からは「現実よりも仮想世界にいる方が自分らしい」という回答が目立って観察され、現実の自分を離れたより理想に近いアイデンティティの確立が重要であることが分かる。

第三の条件は人間関係の構築である。仮想世界において他人とのコミュニケーションが重要な要素となることは言うまでもない。第二、第三の要素は、mixiアプリであるサンシャイン牧場においては当初から満たされていたと言えるだろう。

最後にもっとも重要なのが仮想世界のルールである。ユーザ調査によって明らかになったのは、世知辛い現実とは異なり、自分の活動や努力が正しく報われる「公平」な社会が強く求められるという事実だ。ルールはユーザの納得できるものでなくてはならず、そして現実よりも楽しいと感じられるものでなくてはならない。

有料化する前のサンシャイン牧場は公平なルールによって守られた多くのユーザにとって居心地の良い理想的な仮想世界であったのだろう。有料化によって新たなルールが追加され、最後の要件である公平性を脅かす事態の発生が、ユーザを怒らせたのだ。

仮想世界の公平性

仮想世界のルールにおいては、「自分が投じた時間と労力に対して正当に報われている」とユーザが納得することが重要である。現実世界では幾ら努力してもなかなか報われないにもかかわらず、仮想世界ではより短期間に分かりやすい形で活動に対する正当な報酬が与えられる。報酬にはユーザが「運」と認識できる程度のランダム要素が付与され、ユーザ間の競争を適度に緩和される。単純化された活動と報酬の関係、報われる時間の早さが仮想世界の独自の魅力である。

また仮想世界では他のユーザとの関係性があるので、他のユーザとの比較においても不公平感があってはならない。ゲームには選択肢が不可欠だが、どの選択肢がベストかという不安が生まれる。選択肢によって一部のユーザだけが得をすると不公平感に繋がるため、短期的に多少の不公平や不均衡があったとしても、長期的に見れば皆等しく報われるといった設計がユーザからは求められるのだ*3

実際、オンラインゲームのユーザ調査においてはこの公平性を求める声が大きい。ゲームの課金体制として「定額制」と「アイテム課金」の2種類があるが、「定額制」にはゲーム世界の公平性が保たれるという長所がある。また、こつこつと時間と手間をかけてゲームを遊ぶというプレイスタイルに適合すると言う利点もある。

一方、現実通貨で仮想アイテムを購入する「アイテム課金」に関しては「公平でない」という意見が大きい。仮想世界における財産や地位は、仮想世界内における努力の結果であるべきという意見である。現実世界の貧富の差が、仮想世界に持ち込まれることに対する強い拒否感の顕れだと言える。

50時間に渡る忍耐を強いるプレイを経てやっと得たレアアイテムが翌週のレアアイテム課金キャンペーンで100円で売りに出されていたらどう思うだろうか。活動に対する適切な報酬が期待できるからこそユーザは仮想世界で安心してプレイできるのであり、仮想世界の外の(仮想世界内のユーザが制御できない)要因により他のユーザが不当に高い報酬を得ることは公平性を著しく阻害するのである

有料化によってサンシャイン牧場が失ったもの

課金アイテムの登場により、仮想世界内のルールがある日突然変更され、あるユーザが著しく有利になる状況が発生した。それまでのルールによって保たれていた公平性が一気に崩壊し、それが多くのユーザの不満を生んだのである。

574 2009年10月21日 22:46
レベルも高くなってきて、今まで毎日頑張ってきたのに、高級肥料とかギフトセットとかがリアルマネー(本当のお金でクレジット決済して買える様になった)で買えるなんて最低だと思う。

いつか有料化というか、こんな事になるのかとは思っていたけど、有料と無料ページを分けるとかしないと、無料で頑張ってやってきた人達のモチベーションは一気に下がると思います。

しかも、今まで無料だからバグってもそんなに強く出れなかったけど、金払ってやり始める人はどう思うんだろう??より一層のサービス向上とシステムの徹底化を図らないと重クレーム必至ですね。

なんだかマジでつまらなくなってきた。

公平なルールの下存続してきた仮想世界が、ユーザが予期しないイベントにより一変してしまった。自分は何も悪いことをしたわけではないのに、人智の及ばない神の手がルールを変更し、自分が本来得られるはずだった報酬の価値を相対的に減じてしまったのだ。まさに天災とも言えるものであり、ユーザはそのやり場のない怒りを運営側に向けたのである。

以上述べたように、有料化によってサンシャイン牧場は、多くの古参ユーザに親しまれてきた居心地の良い仮想世界を失ってしまった。仮想世界内の目標やアイデンティティを構成する大きな要因であるルールに手を加える場合は、公平性を阻害しないように充分な配慮が必要であることを今回の騒動は改めて示したと言える。仮想世界において公平性は、おそらく多くの人の感覚よりもずっと重要で、慎重に扱うべきものなのだ。

仮想世界をいじるときは慎重に。

参考文献

人はなぜ形のないものを買うのか

人はなぜ形のないものを買うのか

*1:いろいろなユーザがいるので、中にはどう見ても理不尽な理由で不平を言っているユーザも存在することは確かである。あくまで一般論の話であり、サンシャイン牧場の事例を枕にユーザに受け入れられる仮想世界が存続する要件を整理することが本エントリの趣旨である。

*2:人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』では、多くのオンラインゲームユーザへのアンケート結果の解析に基づく分析を行っており、仮想世界への定着率、収益率を改善する多くの示唆が得られる。形のないものを売って儲けようと思っている人(笑)にとって必読と言える。

*3:これは生ぬるいと感じる人もいるだろうが、ゲームはあくまで娯楽であり、現実世界のような理不尽さを誰も求めていないのである。仮想世界ぐらいは報われる世界であって欲しいと思うのは当然のことだろう。対価と引き替えに娯楽を提供するゲームはこの原則を破ってはならない。

Twitterはじめました


Twitterを始めてみた。アカウントはLunarModule7。本当はLM-7にしようと思ったのだが、どうも-(ハイフン)は禁則文字らしく受け付けてくれず、アカウント名の由来であるApollo Lunar ModuleからLunarModule7とした。サイドバーにTwitter Badgeを貼ってあるので、参照してもらいたい。

このblogも更新頻度が落ちて久しく、当初の目的である備忘録の役割を全く担わなくなってしまったので補完的な意味合いもある。しかし、大学教員でもなければ自営業でも無い人間にとって、就業時間中にTwitterでつぶやくなんてことはできるはずもなく(みんな一体どうやって使っているのだろう?)、更新は早朝もしくは夜間となる。少し使ってみてだいたい使い方は分かったのが、一人でやっていても楽しくも何ともないようなので、このあたりで告知してみる。気が向いたら見てみてください。