科学ではなく政治が支配する国際捕鯨委員会

産経新聞が伝えたところによれば、日本は米アラスカ州アンカレジで開かれている国際捕鯨委員会IWC)総会において、IWCからの脱退や、新しいクジラ資源管理機関の設立に向けた準備を始める可能性を表明した。事なかれ主義の日本らしくない思い切った反対表明である。事の是非はともかく、このように国際社会で主張を行っていくことでプレゼンスを拡大していってほしいものだ。

日本は同日午後の総会で、和歌山・太地など4地域で行うミンククジラの沿岸捕鯨の捕獲枠設定に向けた決議を提案したが、米国やニュージーランドなどから反対が相次ぎ、合意形成の可能性がなくなった。これを受け、水産庁の中前明・次長が「資源管理機関としての役割を取り戻す最後の機会を失った。忍耐も限界だ」と強い口調で反捕鯨国を非難。IWCからの脱退や沿岸捕鯨の再開の可能性を表明した。

 特に新機関設立については「準備会合の開催に大きな関心がある」とした。2009年の年次総会を誘致していた中田宏横浜市長も辞退を表明した。

産経ニュース

商用捕鯨が禁止されて20年余、鯨を食べる機会もめっきり減って、今の日本にどれだけ捕鯨再開を待ち望んでいる人が残っているか定かではない。このまま捕鯨禁止が続けば、鯨食文化の息の根を止められてしまうとの焦りが関係者にもあるように思う。ネットにおける反応を見ても、「そんなに鯨の肉が大事か?」と冷ややかなものが多い気がする。

筆者自身も、正直鯨肉を食べたいとは思わないし、鯨自体の利用には興味がない。それでも科学的に見て理不尽な理由で捕鯨再開が認められない現状には歯痒さを覚える。無理が通れば道理が引っ込むIWCという組織にはうんざりだ。脱退、新機関設立を示唆した水産庁の担当者もよほど腹に据えかねるものがあったのだろう。

日本捕鯨協会内のIWC条約を愚弄する輩には、IWCにおける問題点が論じられている。これに基づき、事なかれ主義の日本が脱退を示唆するに至った経緯をまとめておきたい。

1975年の新管理方式(NMP)の導入

IWCは最初から道理の通用しない場ではなかった。1975年、IWCはNMPと呼ばれる鯨資源管理方式を導入している。NMPでは絶滅が危惧される鯨種については捕獲を禁止し、十分な資源量が確認される時には一定量の捕獲を許すという方式で、オーストラリアが提案、アメリカが強く支持し、科学委員会の承認を得て導入された。この方式の導入後いかなる鯨種も衰退せず、NMPは一定の成功を納めたと評価されている。この時点でIWCは科学的手法による鯨資源管理を上手く行っていたと言えるだろう。

1982年の商業捕鯨モラトリアムの採択


ところが、反捕鯨陣営は、多数の非捕鯨国を新たにIWCに加入させ、捕鯨陣営と反捕鯨陣営のパワーバランスを一気に逆転させた。右表はIWCの加盟国推移を示しているが極めてあからさまである。

NMPは資源量、資源成長率、地方群の判別など種々のデータに依拠するが、反捕鯨陣営はそれらのデータは不確実であるとして、1982年に商業捕鯨の全面禁止決議を成立させたのである。いわゆるモラトリアムの導入である。これにより、日本でも1988年より商業捕鯨が禁止されることとなる。反捕鯨陣営のNMP批判の根拠は科学的信頼性にあったわけだが、奇妙なことに、採択において一切科学委員会の諮問を受けていない。この時点で、IWCは科学の論理性から目を背けたのだ。

1994年のRMP(改訂管理方式)の承認

理不尽な理由から捕鯨を禁止されてしまった捕鯨陣営は、NMPに代わる新たな管理方式の策定に尽力し、1993年科学委員会はRMP(改訂管理方式)を提案、反捕鯨陣営の反対にあうものの、1994年には承認された。RMPは科学的情報の不確実性や環境変化などの不測の事態に対しても資源への危険を防止する十分なフェイルセーフを内蔵した極めて厳格な管理方式である。仮にRMPを他の水産資源管理に適用すれば、どの漁業も即座に禁止しなければならないとも言われている。RMPの導入により、鯨類資源を枯渇することなく持続的に利用することが可能になると期待された。

議論の引き延ばしにかかる反捕鯨陣営

ところが、RMPは承認されたものの、いつまで経っても実行に移されることが無かった。RMPにかかる資源のモニタリングや取締り措置など、反捕鯨陣営による果てしない議論の引き延ばしにより、いつまで経っても捕鯨再開の見通しが立たない状況になっているのだ。業を煮やしたカナダ、アイスランドなどは既にIWCを脱退している。

日本は我慢強く商業捕鯨の再開に向けてIWCの場で努力を続けてきたのだが、日本沿岸の商用捕鯨の再開が受け入れられないことで、ようやく見切りをつけたのだ。昨年の総会では、日本など反捕鯨陣営が提案した「モラトリアムはもはや必要ない」とした総会宣言が1票差で採択されたが、今年の総会では昨年の宣言を無効にするようなモラトリアムを支持する内容の決議が採択されるに至っており(日本などの捕鯨陣営は投票に参加しなかった)、IWCにおける早期の商業捕鯨再開の見通しはほぼ無くなったと見て良いだろう。

機能不全に陥ったIWCに未来はない

客観的に見てIWCは鯨資源管理団体としての職務が全うできない機能不全の状態にあるように見える。科学的根拠に基づく提案は表面的には賛同されるが、裏側で道徳的な見地から反対に回り、議論の引き延ばしを図る。科学とは無縁の政治的ジェスチャー・ゲームの場がIWCの実態なのだ。

1991年、オーストラリア代表は、「かかる大型な美しい動物を食用のために利用する必要はない」と発言し、同年、アメリカ代表も「捕鯨を禁止すべき科学的理由はない」と認めた上、倫理的な理由で捕鯨反対を続けると述べている。こういう感情で動く連中に論理をといたところで、得られるものは何もない。結局、鯨類資源を枯渇することなく持続的に利用することを否定する明確な根拠などありはしないのだ。

以上のように、機能不全に陥ったIWCを脱退し、科学的・論理的議論が行える新機関の設立を指向することは無理からぬ事のように思える。問題はIWCを脱退し新機関に移行したとしても、同じ道を繰り返すだけになる可能性があることだ。話しても分からない人間ほど、対処に困るものはない。