低出力レーザーによる脂肪溶解処理がダイエットを無用にする


老若男女を問わずダイエットに悩む人は多いだろう。しかし、まもなくそれも過去の事となるかも知れない。既存の方法よりもずっと安全で低コストな脂肪除去が、まもなく身近で(もしかすると家庭でも)受けられるようになるだろう。もはやダイエットのために食事制限も、運動も必要ないのだ。

その新たな方法の名をゼロア(Zerona)という。右図は紹介動画のスナップショットだが、簡単に言えば、レーザー光を外部から照射する事で体内の脂肪を溶解させてしまうものだ。この今までの常識を覆す方法の原理はどうなっているのだろう?安全なのだろうか?費用は? その疑問に答えるのが本エントリの目的である。


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ゼロア(Zerona)

ゼロア(Zerona)は既存の脂肪吸引とは大きく異なる。手で触れても安全なレベルの低出力レーザー(635nm, 10mW)を皮膚の上から40分間、2週間で合計6回(月・水・金・月・水・金など)にわたり照射するだけであり、もちろん痛みも酷い出血もない米食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)の認可を受けた*1医療機器である。

レーザー照射により、皮下脂肪細胞の細胞膜に一時的に極小の孔が空く。脂肪細胞内の液状化した脂肪がその孔から細胞外に流れ出すのである。脂肪はすぐに体外に排出されるので、2週間で見違えるほど痩せる事ができる。Telegraphが伝えたところによれば、FDAの調査において、患者の平均で3.64インチ(9.25cm)、ウェスト、ヒップ、太もものサイズの減少が確認されたと言う。中には9インチ(23cm)ダウンに成功した人もいるそうだ。既存の力業とも言える脂肪吸引とは異なり、脂肪細胞は正常なまま体内に残っているため安全性が高い。

ゼロア開発の元となった論文*2に従い、その原理と効果を見てみよう。

低出力レーザー治療

低出力レーザー治療は、治療対象となる組織に急激な温度上昇も組織構造に目に見える変化も生じない線量率を用いた治療と定義されている。低出力レーザは近年、創傷治癒や浮腫縮小、様々な病因の痛み除去など様々な場面での利用がなされてきている。論文ではレーザーを用いた脂肪除去法の確立のために、まずレーザーの医療応用に関する研究をサーベイし、着目すべき3つのファクタを抽出している。(1)可干渉性(コヒーレンス)、(2)波長、(3)出力の3点である。

コヒーレント光

量子力学に基づき、フレーリッヒ*3はエネルギーを注入すると、生体組織は分子のコヒーレント振動とマイクロ波信号の放射を引き起こすと予測した(ボース=アインシュタイン凝縮 Bose-Einstein condensation)。この信号が成長や修復、防御、そして有機体全体の機能を統合していると考えられている。この点において、生体組織は信号を放射し受信するアンテナだと言える。

しかしながら、低出力レーザー治療の効果においてコヒーレンスは重要な要素ではないことが分かっている*4 *5 *6。むしろコヒーレンスは、局所的な加熱を引き起こすスペックルパタンを生じさせる光の伝播と拡散に重要な役割を担っているようだ。

理想的な波長

バイオモジュレーション(biomodulation)を促進するため、630-640nmの波長が理想的であることが多くの研究によって示されている*7 *8 *9。またこの領域の波長は、線維芽細胞とケラチン生成細胞の増殖を促進させ、皮膚循環と微小循環を増加させ、瘢痕組織を減らす。630-640nmの波長は他の波長のレーザーに比べて少なくとも6-14%、創傷治癒において効果的である事が確認されている。

理想的な出力

高出力レーザーがもたらす最も大きな作用は加熱である。切除、切開、気化、凝固など多くの用途に利用されているが、これらは組織の破壊を伴い、その作用にはやや波長に依存する部分がある。

一方、低出力レーザーにおいては、波長とのより強い相関が見られる。照射されたレーザー光は受容体によって吸収されエネルギーに変換され、細胞間に伝達される。活性化された細胞は生化学的な反応を起こす。二次反応において重要な鍵となるイベントは、照射を受けた細胞の酸化還元状態が変化する事であるため、酸化還元状態を最適に保てば、反応を抑制する事が可能だ。

出力が2.91mW以下のレーザーは細胞の増殖を促進する一方、高すぎる出力だと効果が得られない事が知られている。増殖効果は照射時間を0.5分〜6分とした時に最も顕著に見られる。アルント・シュルツの法則として知られるように、弱い刺激は生命活動を喚起し、中度の刺激は生命活動を促進し、強度の刺激は生命活動を抑制し、最強度の刺激は生命活動を中止させる。実験室分析では、10mW出力のレーザーは100mW出力のレーザーに比べて細胞の有糸分裂に効果が見られた。

試験結果

低出力レーザーによるより安全で、短期間で、外傷の少ない脂肪除去手法の確立を行うために、前述の知見に基づき仮説を立て、次の実験を行った。

まず、ヒトの脂肪細胞を管内で培養し、レーザー光の照射実験を行った。照射により、脂肪細胞の細胞膜はその丸みを帯びた形を失い、細胞内部の脂肪が細胞膜に空いた孔から外部に流出することが確認された。その後細胞を培養すると、細胞は元の細胞膜構造を再生できることが確認された。細胞はレーザ照射後も生きており、成長することが可能なのだ。
次に、12人の健康的な女性に対してレーザーの照射実験を行った。深層脂肪へのレーザー光への浸透を図る目的で、チューメセント法と呼ばれる技術を適用した場合の比較も行っている。チューメセント法は水溶液を多量に脂肪層に浸潤させることで、脂肪吸引をスムーズに行うために利用されている技術である。

レーザ光の照射時間は2分、4分、6分の3パタンであり、表示波長635nm、最大出力10mWの低出力ダイオードレーザーを用いている。6インチの距離から2分、4分、6分照射した場合のエネルギーはそれぞれ1.2J/cm2、2.4J/cm2、3.6J/cm2となる。

次の5サンプルに対して、走査型電子顕微鏡による確認を行った結果を以下に示す(2分照射時は4分照射時と変化が見られなかったので割愛してある)。

  1. 患者腹部より採取された脂肪組織
  2. チューメセント法適用、レーザー照射無しで採取
  3. チューメセント法適用、4分間レーザー照射後採取
  4. チューメセント法適用、6分間レーザー照射後採取
  5. チューメセント法非適用、4分ないし6分間レーザー照射後採取

図1はチューメセント法適用、レーザー照射無しで採取したサンプルを走査型電子顕微鏡で確認したものを示している(x190)。ぶどうの房のような形状の輪郭が見て取れる。このサンプルはチューメセント法を適用したものであるが、レーザーの照射は受けていない。
図1

図2はチューメセント法適用、4分間レーザー照射後採取したものを走査型電子顕微鏡で確認したものである。4分間のレーザー照射により、部分的に脂肪細胞の崩壊が確認できる。しかし、一部の細胞は細胞膜の形状を保っている(図2上 x190)。脂肪細胞はその丸い形を失い、矢印で示す脂肪の粒子が脂肪細胞内部から外部に流出し、細胞間のスペースに広がっている(図2下 x130)。
図2

図3はチューメセント法適用、6分間レーザー照射後採取したものの走査型電子顕微鏡の確認結果である(x180 x190)。元の丸い脂肪細胞は全く見られない。液状化した脂肪は完全に細胞から離れ、細胞間の隙間に漂っている(矢印)。結合組織の一部には崩壊が見られるが、毛細血管や残りの間質腔等の他の構造はそのまま維持されている
図3

図4はチューメセント法非適用で6分間レーザー照射後採取したサンプルの走査型電子顕微鏡による確認結果である(x450)。一部の脂肪細胞に崩壊が見られるが、その他の脂肪細胞はそのまま残っており、チューメセント法を適用した場合の4分間照射時とよく似ている。チューメセント法の適用はレーザー照射の効果を増大させる上で重要であるようだ。
図4

図5は40,000倍に拡大した照射を受けていない脂肪細胞を撮影したものである。レーザー照射を受けていない時には細胞膜は無傷で残っている。一方、図6が6分間レーザー照射を受けたサンプルを60,000倍に拡大したものである。細胞膜に一時的な孔(矢印)が空き、液化した脂肪(二重の矢印)が細胞の中から外へ流れ出しているのが分かる。
図5図6

まとめると、レーザー照射を受けていない時には脂肪細胞は丸い形を保っているが、4分間のレーザー照射により脂肪細胞が部分的に崩壊し、80%の脂肪が液状化した。6分間のレーザー照射後には、ほとんど全ての脂肪細胞が崩壊し、脂肪を流出させている事が確認された。論文では透過型電子顕微鏡(TEM)による確認結果も示されているが、結果は上記と変わらないので割愛する。気になる方は元論文を参照されたい。

まとめ

低出力レーザーによる脂肪溶解法は、チューメセント法を併用して、波長635nm、出力10mWのレーザーの6分間の照射によって実現される。これにより、特に毛細血管のような間質を保ったままで、脂肪細胞の細胞膜に一時的な孔が穿たれる。4分間レーザー照射を受けると、80%の脂肪細胞が崩壊し、レーザー照射を6分間続けると99%が崩壊した。本手法は生体への負担が少なく、外科的な外傷も斑状出血も血腫も減らす事ができ、結果として患者の回復を早める。

レーザー照射によって細胞膜に開けられる孔は極小だが、チューメセント法を併用した際には、99%の脂肪が細胞の外に流出する。その場合でも、毛細血管やその他の間質は保たれている。本手法は既存の脂肪吸引法に比べて、より安全でより効果的な手法であると言える。

現在利用可能なゼロア施術装置は本論文の研究結果に基づいて設計されたもののようだが、基本的に635nmの波長の光を1,000Hzで変調して出力するだけに過ぎないように見える(ただし、照射時間などは論文とは異なっている)。最も普及している赤色のレーザーポインタの波長がちょうど635nmだ。レーザーポインタの出力はクラス2で1mW未満となっているため、出力不足を補う必要があるが、光学ドライブのピックアップ(〜500mW)よりもずっと小さい出力に過ぎない。操作もレーザー光が患部に当たるように調整するだけであり、手術費用は安く抑える事ができそうだ。

Telegraphによれば、英国では40分のレーザー照射を6回受ける手術一式で、£1,000(15万円)となっているようだ。15万円でお手軽にダイエットができるとするならば、受けたい人が大勢いるのでは無かろうか。日本でも早期に施術を受ける事が可能となる事を期待したい。

さて、最後に@drinami先生の忠告を引用してお開きとしたい。

レーザー脂肪溶解(ZERONA),単なる635nmの半導体レーザーを1kHzで変調してスキャンしてるだけだ http://ow.ly/13AZ8 動画 http://ow.ly/13B0N オマエら自作するなよ,絶対にだぞωless than a minute ago via HootSuite

忠告に従わず、自作のレーザー装置でダイエットを試み、取り返しの付かない事態が発生したとしても当方は一切関知しないのでそのつもりで。

*1:FDAのサイトを検索してみると、同じものかどうかは不明だが、Excalibur Light Therapy Systemが見つかる。635nmレーザーから構成されるシステムはLow Level Laser Therapy (LLLT)と名付けられているが、付記されている効能はtemporary relief of minor chronic neck and shoulder pain of musculoskeletal originとなっており、脂肪融解については触れられていないようだ。これは、既存の医療機器と同等の構造、機能を有する後発医療機器について簡易な手続きで登録できる510(k)による認可であるためだと思われる。

*2:Neira R, Arroyave J, Ramirez H, Ortiz CL, Solarte E, Sequeda F, Gutierrez MI.: Fat Liquefaction: Effect of Low-Level Laser Energy on Adipose Tissue, Plast Reconstr Surg., Vol.110, No.3, pp.912-922, 2002.

*3:Frohlich, H. Long-range coherence and energy storage in biological systems. Int. J. Quantum Chem. 2: 641, 1968.

*4:King, P. R. Low level laser therapy: A review. Lasers Med. Sci. 4: 141, 1989.

*5:Baxter, G. D., Bell, A. J., Allen, J. M., and Ravey, J. Low level laser therapy: Current clinical practice in Northern Ireland. Physiotherapy 77: 171, 1991.

*6:Baxter, G. D. Therapeutic Lasers: Theory and Practice. Edinburgh: Churchill Livingstone, 1994.

*7:Sroka, R., Fuchs, C., Schaffer, M., et al. Biomodulation effects on cell mitosis after laser irradiation using different wavelengths. Laser Surg. Med. Supplement 9: 6, 1997.

*8:van Breugel, H. H. F., and Bar, P. R. D. Power density and exposure time of He-Ne laser irradiation are more important than total energy dose in photo-biomodulation of human fibroblasts in vitro. Lasers Surg. Med. 12: 528, 1992.

*9:Al-Watban, F. A. H., and Zhang, X. Y. Comparison of the effects on wound healing using different lasers and wavelengths. Laser Ther. 8: 127, 1996.