そろそろ無農薬/有機栽培野菜に対する盲信を見直してはどうか

スーパーの売り場には無農薬/低農薬栽培や有機栽培を謳った野菜が多く並べられている。それらは通常の野菜よりも高価だが、より安全でより美味しい野菜を求める人々に広く受け入れられている。

だが、本当に無農薬/有機栽培野菜は通常の野菜よりも毒性が少ないのだろうか? またこれらの野菜は通常の野菜に比べ美味しいのだろうか? なんの疑いもなく、無農薬/有機栽培野菜の方が安全で、子供たちには良いものだと決めつけてはいないか? 仮に通常の野菜と比較してメリットがあるとして、それは追加コストに見合うだけの価値があるのだろうか?

前回、遺伝子組み換え食品について取り上げたときと同様に、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)』において参考文献を示した上で、必ずしも無農薬/有機栽培野菜の選択が理に適った行動ではない場合がある事実が記載されているので、それらに基づいてこの問題を考えたい。この本は誤った科学情報が氾濫する現在日本において正しいリスク評価を行うための指針が豊富な具体例と共に記載された良書なので、一読をお勧めしたい。当エントリを読んで少しでも感じるところのあった人は、是非手にとってもらいたい。

残留農薬よりも天然農薬を気に掛けるべき

植物は病害虫などのストレスを受けると体内に天然農薬とも言われる生体防御物質を生成することが知られている。1990年、米カリフォルニア大学のB N Ames博士らは、アメリカ人の食事に含まれる農薬物質の99.99%が植物由来の天然農薬であるという調査結果を公表した*1。1990年当時52種類の天然農薬の発癌性に関して試験がなされていたが、その内の27種類の天然農薬に対して発癌性が認められている。博士らは、天然農薬は人工農薬とほぼ同等の発癌リスクを有しており、人工農薬はその摂取量が天然農薬に比べて極めて少ないことから、危険はほとんど無いと結論している。人体への毒性を考慮すべきは、残留基準が厳密に定められている残留農薬ではなく、植物が自ら生成する天然農薬なのだ*2

農薬が適切に使用されていれば植物は農薬に守られて健やかに生長し、体内に天然農薬を生成する必要がない。近年の人工農薬は分解性が高く、適切に利用されている限り、我々が口にする頃にその残留量は基準量を上回ることは無い。国内の農薬に対する取り組みに関しては農林水産省農薬の基礎知識が参考になる。残留基準量はその農薬を人が一生涯に渡って、仮に毎日摂取し続けたとしても危害を及ぼさないと見なせる体重1kg当たりの1日摂取許容量(ADI)に基づいて決定されており、登録された農薬について定められた使用方法を遵守することで、農薬の安全性が確保される。

むしろ無農薬野菜の方が身体に悪い?

一方、農薬を利用しない無農薬/有機栽培の場合には、よほど手間を掛けて人手で防除しなければ、通常の野菜よりも多くのストレスを受ける事になり、結果としてより多くの天然農薬を体内で生成する事になる。2005年近畿大学農学部の森山達哉博士らは一部の人にアレルギーを起こすアレルゲンの量が、農薬利用によってどう変化するか調べている*3

彼らは次の3種類のリンゴを用意した。

  1. 無農薬栽培リンゴ:農薬を一切利用しない。
  2. 初期防除リンゴ:農薬を春先のみ利用。
  3. 慣行防除リンゴ:農薬を通常通り利用。

うち無農薬栽培リンゴは、果実・葉に黒い斑点ができる黒星病などの大きな被害を受けた。初期防除リンゴの被害は小さく、慣行防除リンゴは被害がなかった。可食部に含まれるアレルゲンの量を調べてみると、無農薬栽培リンゴは慣行防除リンゴに比べて平均2倍、最大5倍も含まれることが判明した。初期防除リンゴはその中間であった。健康に良いはずの無農薬栽培リンゴの方が、アレルゲンをより多く含んでいたのである。

森山氏らはリンゴに含まれるアレルゲンはリンゴが体内で生成する天然農薬の一種ではないかと考えた。そこでリンゴにすす班病菌を接種し、それにより生成されるアレルゲン量が変化するか確認すると、すす班病に冒されたリンゴは含有アレルゲンが多くなっていることがわかった。リンゴは病原体に反応して天然農薬を増産している可能性が大きい。

無農薬栽培リンゴは農薬を利用していないので、人工農薬の残留量は0だが、代わりに病害虫に冒されるリスクが高まるので、自己防衛として体内に天然農薬を増産する。口に入る農薬の99.99%が天然農薬であるという先の研究結果に照らして考えれば、ストレスに晒され体内に天然農薬を生成した無農薬/有機栽培野菜よりも、適切に人工農薬を利用されストレス無く育てられた野菜の方が、むしろ健康に対するリスクが低くなるのではないか。少なくとも、無農薬/有機栽培野菜の方が身体によいとは断言できない。

追記(2014年2月17日)

誤解する人が絶えないので追記しておくと、決して天然農薬があるから野菜は危ないと主張しているのではない。野菜を毎日大量に食べても天然農薬が健康に何らかの害を与えることはなく、むしろ食生活の改善により健康になるだろう。安心して野菜を食べることをお勧めする。99.99%を占める天然農薬が何ら健康被害をもたらさないのだから、それよりもずっと残留量が少なくなるよう制御された0.01%の農薬が健康被害をもたらすと恐れることはナンセンスだということだ。

有機栽培野菜の高い微生物汚染リスク

有機栽培においては家畜の糞尿を原料とする有機質肥料や堆肥がよく利用される。家畜はO-157サルモネラ菌などを保有している可能性があり、それらを含む糞尿が十分発酵されないまま堆肥とされると、病原菌が残るリスクが存在する。

2004年、ミネソタ大学のAvik Mukherjee博士らは『ミネソタの農場で有機栽培および通常栽培された果物や野菜の、大腸菌群、大腸菌サルモネラ菌大腸菌O157:H7 の収穫前評価』という農場レベルにおける有機栽培果実や野菜に関する初めての微生物学的評価を発表した*4

調査では新鮮な476種類の有機栽培農作物と129種類の通常栽培農作物の大腸菌群による汚染状況を調べている。有機栽培農作物の大腸菌群汚染率は9.7%と、1.6%の通常栽培農作物に比べ6倍もの高率を記録した有機栽培農作物の大腸菌(Escherichia coli)汚染率は平均では4.3%と通常栽培農作物と統計的な差はなかったが、中でも有機栽培レタスは22.4%という最高の大腸菌菌汚染率を記録している。12ヶ月未満の発酵期間の堆肥を利用していた農場の農作物は、より古い堆肥を利用していた農場の農作物に比べて19倍もの大腸菌菌汚染率が確認された。O157:H7汚染はいずれのサンプルからも確認されなかったが、サルモネラ菌(Salmonella)は1種類の有機栽培レタス及び有機栽培ピーマンから確認された。

米国の農場における微生物汚染評価を日本国内の野菜にそのまま当てはめることは出来ないが、有機栽培農作物の方がより高い微生物汚染リスクを有していることは間違いなさそうだ。

科学的見地による有機栽培農作物に対する評価

英国食品基準庁は2003年、「有機栽培農作物が通常栽培農作物に比べて、より安全とかより栄養があるという科学的な証拠は現時点ではない」とする見解を発表している*5

In our view the current scientific evidence does not show that organic food is any safer or more nutritious than conventionally produced food.

http://www.food.gov.uk/news/newsarchive/2003/jun/cheltenham

また、フランス食品衛生安全機関(AFSSA)が公開した128ページに及ぶ包括的報告において、食品の安全性及び栄養において有機栽培農作物と通常栽培農作物の間に有意な差を見出せないと結論している*6

有機食品の栄養的側面の特徴について

[報告は、有機農業産品は慣行農業産品よりも栄養面で優れているという主張にかかわる議論に、ほとんど終止符を打つかのようである]

生産方法の人間用食品の栄養価に対する影響

 この評価の枠内で検討されたデータでは、一般的には有機農業由来の原料と慣行農業由来の原料の化学的構成は、大きな、また再現可能な違いを示さなかった。研究結果は、ときには矛盾さえしている。食品の化学的構成と栄養価に起こる変動の要因(品種、季節、気候、成熟・発達段階、貯蔵、家畜飼養指針など)の多くは、しばしば農業方法(肥料の性質、衛生処理など)に結びついた要因よりも重要なことがある。

フランス:AFSSA、有機食品の栄養と安全性の評価報告書

さらに、スウェーデンの国家食品も同様の報告を挙げており、現時点において有機栽培農作物が通常栽培農作物に比べて、より優れているという科学的証拠は無いという事が国際的なコンセンサスだと言える。

本当に有機栽培のほうが美味しいのか?

有機野菜は美味しいと多くの人が信じている。安全性及び栄養に差異が無いとして、本当に有機栽培農作物の方が美味しいのだろうか?多くの人が美味しいというからには、実際に美味しい場合も多いのだと思われるが、その美味しさは栽培方法から来るのではなく、単に新鮮だからという事はないか。有機農家直送の有機栽培野菜は、新鮮な状態で家庭まで届けられる。同じ新鮮さならば通常栽培野菜も同じぐらい美味しいのではないか?

日経レストラン」の2006年10月号では有機栽培農作物と通常栽培農作物の味比べをしているが、なんと通常栽培農作物の方が美味しいという結果が出てしまったという。これは栽培方法よりも、産地や品種、収穫日数などの他の要因が大きく寄与したからだと考えられる。少なくとも、有機栽培農作物の方が通常栽培農作物よりも美味しいというのは絶対的な真理ではあり得ず、その他の条件でいくらでも逆転しうるという事を認識しなくてはならない。

追記(2011/2/27)

食品安全情報blogさんで知ったのだが、消費者団体Which?は、"Organic vs non-organic"というリリースを発表し、有機栽培農作物と通常栽培農作物の比較試験を行った結果、通常栽培農作物のほうが美味しく、栄養価も高かったと報告した(Telegraph記事:Organic food less tasty than normal, watchdog says)。通常栽培ブロッコリー有機栽培のモノよりも抗酸化物質を豊富に含み、通常栽培じゃがいもは有機栽培に比べてビタミンCの含有量が多かった。194人の専門家によるブラインドテイスティングによれば、通常栽培トマトのほうが有機栽培トマトよりもよりトマトらしい濃い味がするとされ、ブラインドテストに参加した一般人の69%が同意している。ブロッコリーとじゃがいもには味に差はなかった。

まとめ

どこのスーパーでも無農薬/低農薬/有機栽培農作物が入手できる事は、消費者に選択肢を与えるという点において素晴らしい事実である。しかし、それらの農作物が必ずしも安全なわけでも、健康に良いわけでも無いということは知っておくべき事だろう*7。確かに過去には危険性のある農薬が使われた時代もあったが、環境が整備された現代日本において健康に害が及ぶレベルの残留農薬を含む野菜が流通することはまず無い。

確実に新鮮で美味しい野菜を入手できる場合には、より高い対価を払ってでもこうしたプレミアム農作物を求める価値はあるだろうが、安全性や栄養をそれらに求めるのは現状ではあまり意味のある行動ではない*8。味に違いが分からないという人は、無農薬/有機栽培野菜を選択するのをやめるのも一つの選択肢だろう。少なくとも、無農薬/低農薬/有機栽培農作物への盲信は改めるべきだ。

世界的な食糧危機の中にあって、効率的な食料生産を実現する農薬の使用は理に適った方法である。少なくとも、何となく健康に悪そうだからといったイメージだけで否定されるべきものではない。適切に使用されている限り、農薬は人類に多大な利益をもたらす。「農薬=悪」という古いイメージだけが先行して一人歩きしている現状は、生産者にとっても消費者にとっても憂うべき状況であると思う。

参考文献

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

*1:B N Ames, M Profet, and L S Gold: Dietary pesticides (99.99% all natural), PNAS 1990-10, vol.87, no.19, pp.7777-7781 (1990)

*2:念のため言及しておくと、我々が通常摂取する量において天然農薬がただちに健康に害を及ぼすことはない。害が及ぶまで野菜を食べようとすると山のような量の野菜を毎日食べ続けなければならない。99.99%を占める天然農薬に比べて含有量が桁違いに少ない(0.01%)人工農薬については言うに及ばず。適切な量の野菜を日々摂ることは、農薬によるごく僅かな潜在的リスクに比べて桁違いに大きなベネフィット──ビタミン、ミネラル、食物繊維による効果──を与えてくれる。安心して野菜を食べて欲しい。

*3:「無農薬だから安心」とは限らない - ニュース - nikkei BPnet

*4:Mukherjee A., Speh D., Dyck E., Diez-Gonzalez F.: "Preharvest Evaluation of Coliforms, Escherichia coli, Salmonella, and Escherichia coli O157:H7 in Organic and Conventional Produce Grown by Minnesota Farmers", Journal of Food Protection, Vol.67, No.5, pp.894-900 (2004)

*5:Food Standards Agency - Is organic food better for you?

*6:フランス:AFSSA、有機食品の栄養と安全性の評価報告書

*7:もちろん、現時点で科学的な証拠が見つかっていないだけで、実際には無農薬/低農薬/有機栽培農作物の方がより安全で健康に良いという可能性もある。ただ前述のようにより危険で健康にも悪い可能性があるという研究報告がある状況で、それをひっくり返す報告が今後なされるかどうかは疑問だ。

*8:生産者から消費者に渡る経路がトレースされている等の無農薬/有機栽培とは別の要因で安全性が担保されるケースも多い。衛生管理が適切に行われているか疑わしい海外産を避ける意味で国内産のプレミアム農作物を求めるのは理に適った行動かもしれない。