カジュアルな内部告発のリスク

吉野家テラ豚丼騒ぎ、ケンタッキーのゴキブリ揚げ騒ぎに続いて、バーミヤンでゴキブリラーメン騒ぎが勃発している。ZAKZAKが伝えたところによれば、都内の私大2年の男子学生が、mixiにゴキブリのだしが効いたラーメンを出していたと告白したらしい。件のエントリは12月11日付で次の通り。

ゴキブリ

ケンタッキーフライドチキン(KFC)の店舗でアルバイトをしていた高校生が「店でゴキブリを揚げた」などとミクシィ日記で告白、大騒ぎになったが、この高校生が「社会的責任を取りたい」として高校を自主退学していたことがわかった。

いやーよっぽど学校を辞めたかったんだね。

僕は別にやめたくないんだけどこの高校生に対抗しようと思う。

バーミアンで働いてるころはゴキブリが沢山いてスープ鍋にはいってしまうことがあったんだ。

けれど15分以内に料理を出さなければならない僕らはそんなのシカトでゴキブリのだしが効いたスープでお客様にラーメンをだしていたんだ。

すごいだろー?

大学やめるべきですかねー?

外食産業の衛生管理が必ずしも完璧ではないことは公然の秘密とも言え、ゴキブリや鼠などに悩まされている所は多いはずだ。どれだけ気をつけていてもゴキブリが厨房を走り回ることはあり、中には料理に紛れてしまうこともあるだろう。たまたま彼のバイト中にこうした事件に遭遇し、それを友達にも語ったことだろう。その事件は彼の周辺でだけ一瞬話題になったものの、すぐに忘れられたに違いない。「友達から聞いたんだけど…」という話は噂レベルに留まり、社会問題になることは無かった。情報発信者から受信者に到達するまでに人を経由するごとに情報の正確性は薄れ、同時にその信憑性も失われていったのだ。

一方、Webは情報発信者と受信者がダイレクトに結ばれるメディアである。直接受信者に伝わるので、正確性の欠落は起こらず、発信者の言葉は文字通り一字一句正確に受信者に伝えられる。語られる事件が衝撃的なことであったら、社会問題を引き起こすのに十分なのだ。

このWebの特性を理解せずに、友人に話すかのように発言を行うと大炎上が発生し、本人のみならず、名指しされた組織、両親、所属に至るまで飛び火することになる。吉野家ケンタッキーフライドチキンの例を見ているはずなのに、それを自分のこととして理解できなかった点が幼い。

予想外の炎上に狼狽した彼は件のエントリを削除、同日深夜には次のような謝罪のエントリをアップ、自体の沈静化を図った。

謝罪

すみませんでした。

本当のことをはなします。

3年ほど前に働いていたバーミアンではゴキブリが少なからず生息し、その結果ラーメンのスープ鍋に入ってしまうことが僕の働いているおよそ半年の間に二度ほどありました

しかしラーメンスープの鍋は大きく、沸騰するまでに時間がかかるため、15分以内でお客様に料理を出すという決まりを守るにはゴキブリを取り除いたスープでラーメンを作るということしかありませんでした。

これは店長の方針でもあり、一度目は店長の指示によってそれを行い。二度目にはなんのためらいもなくゴキブリを取り除く自分がいました。

そんな常識とは違う自分の感覚の中で、ケンタッキーの事件を知ったため、こんなことで学校を辞めてしまうのはおかしいと感じ、先ほど自分の勇気の無さから削除した日記を書くにいたりました。

お騒がせして本当に申し訳ありませんでした。

実に正直であり、実際に記載されたような出来事があったのだろうと推測される。残念ながら彼の誠実さは事態を沈静化させるには至らず、批判が集中、結局彼はサイトを閉じることとなった。少なくともゴキブリの一件に関して彼は自分の落ち度ではなく、バーミヤンの衛生管理が問題だと主張している。この件は、吉野家ケンタッキーフライドチキンの一件のような悪ふざけではなく、内部告発だと見る方が正しいようだ。ただし、一般的な内部告発に比べて、証拠の保全内部告発者の保護もはかられない、極めて準備不足な行為だ。命名するならカジュアルな内部告発と言えるだろう。

本来、内部告発には相応のリスクが伴う。そのために内部告発者は事前に証拠を集め、しかるべき手順を経て内部告発に至る。決してmixiで気軽にエントリをたてて行うようなものではない。カジュアルな内部告発では、ろくな証拠がないため企業に法的な責任を追わせることは難しい。逆に企業側に悪質な風説の流布だとして訴えられる危険性も秘めている。カジュアルな内部告発は、(本人は決して意識していなかっただろうが、)捨て身の攻撃に等しい。

彼の捨て身の内部告発に対し当のバーミヤンの女性店長は「私がきてからは、衛生管理を徹底指導しているので、(ゴキブリラーメンなんて)絶対にありえません!」と真っ向から事件を否定している。とはいえ、この店長は半年前に就任したばかりで、彼がバイトをしていた当時の状況は不明だ。彼女も「私がきてからは」と前置きをしており、当時にそういう事態があった可能性は否定しきれない。

少なくとも過去の一時期、一部のバーミヤンにおいて不適切な衛生管理が行われていたの可能性がある。人の口に戸を立てられないとはよく言ったものだが、Webで個人が情報発信できるようになり、企業にはよりいっそうコンプライアンスの遵守が求められるようになったと言える。企業が従業員からのカジュアルな内部告発のリスクに気づいた、という点では彼の行為は社会的に価値があったのではないかと思う。

一方で現状ではカジュアルな内部告発者のリスクは極めて高い。2ちゃんねるの行動力は内部告発者を潰す側に作用する場合がある。内部告発をするなら事前に十分な証拠を集め、自身の安全を確認した上で労働基準局なり警察なりに相談することが良い。カジュアルな内部告発は身の破滅をもたらすリスクがあることを認識すべきだろう。